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第158話
プライベートビーチ付きの別荘とは、これまたさすがの大財閥である。まだ夏前なので別荘には管理人がいるだけで大したもてなしもできないのですが――と、恐縮しつつも運転手がそう説明してよこすので、氷川は素直に厚意に甘えることにした。
「何から何まで世話になってしまって――申し訳ないです!」
ぺこりと頭を下げる氷川の様子をバックミラー越しにチラ見しながら、運転手はにっこりと微笑んだ。
「では葉山へ向かわせていただきます。お昼食は――別荘でご用意して差し上げられないのが恐縮なのですが、近くに帝斗坊ちゃまがご贔屓にしておられる美味しいお店がいくつかございますので。現地に着いてからご案内致しましょう」
こうして一路、葉山へと向かうこととなった。
幸い、天気も上々である。朝方は少し雲が多かったものの、次第に晴れ間も広がってきて、海辺でのデートには打って付けであった。
途中、目立った渋滞もなく、割合スムーズに車は流れ、現地に着く頃には午後の二時になろうという頃合いだった。ちょうど昼食時の混雑も解消した時間帯で、これならばどこのレストランに入ってもゆったりと過ごすことができそうなのも好都合だった。
運転手はいつも帝斗が贔屓にしているという店を三軒ほどピックアップすると、後部座席の氷川らに何処がいいかと訊いてきた。彼の説明によると、シーフードのパスタがメインで若いカップルなどに人気の店、もしくはちょっと渋い嗜好だが純和風で鰻が評判の店、もうひとつは洋風のア・ラカルトとケーキなどのスイーツが人気の店があるらしい。そのいずれも別荘から左程遠くもなく隣接しているということだ。氷川はしばし顎先に手をやりながら考える仕草をすると、隣の席の冰に「お前は何が食いたい?」と好みを尋ねた。
「俺は別に何でも。アンタが食いたいのでいいよ」
どうやら冰に好き嫌いもなさそうなので、氷川は少し身を乗り出しながら、今度は運転手に向かって同じ質問を投げ掛けた。
「運転手さんはどのお店がいいっすか? パスタやケーキってよりは……やっぱり鰻とかがいいですかね?」
運転手は見た目からして自らの父親よりもかなりの年配と感じたのでそう尋ねたのだ。その問いに、運転手の方は驚いたようにしてバックミラーに視線を向けた。
「あの……もしかして私もご一緒して構わないということでしょうか? ですが……あの……」
まさか自分が氷川と冰の昼食の席に呼ばれるなどとは思ってもいなかったのだろう、ほとほとびっくりしたというようにして、パチパチと瞬きを繰り返す驚きようだ。
そんな彼の様子の方が不思議だといった調子で、氷川はポカンと首を傾げつつも、
「あ、その……何か用事でもあるんでしたらアレですけど……。もしご迷惑でなかったら、昼飯一緒に食いませんか?」はみかみながらそう言って頭を掻いてみせた。
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