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第159話
「……いえ、別に用事があるわけではございません。ですが本当によろしいのでしょうか、私などがご一緒させていただいても……」
「勿論っすよ! 俺ら、今もこうやって散々厄介になって……せめてメシくらいご一緒させてください!」
くっきりとした大きな瞳を見開きながら、大真面目な調子でそう言って頭を下げる氷川をミラー越しに見つめながら、運転手の男は感慨深げに瞳を細めて頷いた。
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」
そうして一同は鰻が評判の店で昼食を共にすることになったのだった。
◇ ◇ ◇
店は海沿いから少し山道に差し掛かった閑静な場所に位置していて、純和風の落ち着いた雰囲気の佇まいだった。植樹された竹林の庭は見事で、母屋とは『離れ』のようにして点在する棟が全て個室仕様になっているとのことだ。
粟津家の運転手である彼は、店とも顔なじみであったから、他の客と顔を合わせずに寛ぐことができる離れの部屋に通してもらうことができた。
こじんまりとしているものの、磨き抜かれた板の間の廊下といい、見事な掘りの欄間といい、まるで小京都のような趣きである。部屋に入れば、床の間に飾られたお軸と茶花に、思わず背筋がピンとするような心持ちにさせられた。
「さすが――粟津のヤツがお薦めの店ってだけあって、すげえ雰囲気あるのな」
氷川が無意識に漏らしたそんな言葉にも、運転手の男は微笑ましげに瞳を細めていた。
そして、すぐに飲み物と共にお通しが運ばれてきて、三人は一先ず乾杯を酌み交わした。と言っても、氷川らは未成年であるし、運転手も無論のこと飲酒はできないので、清涼飲料での乾杯である。時期的なこともあって、甘茶をベースに更に甘味を加えた店独自の飲み物とのことだった。
メインの昼食には皆で同じ鰻重を頼んだ。この店は直に鰻を裁いてから炭火で焼いてくれるとのことで、少々雑談をしながら待つこととなった。
「あの、運転手さん――っていうのもナンですよね。お名前を窺ってもいいッスか?」
突き出しの鰻の骨の唐揚げを摘まみながら、氷川がそう尋ねた。
「は、これは失礼を致しました。私は佐竹と申します」
「佐竹さんですか。自分は氷川といいます。氷川白夜です。こちらは雪吹冰君ですが……って、もう既にご存じの間柄――なんスよね?」
冰と帝斗は親しいのだろうから、この佐竹という運転手にも馴染みがあるのかと思いつつ、氷川は照れ笑いをしてみせた。
「ええ、雪吹のお坊ちゃまとは幾度もお目に掛かっておりますので存じ上げております」
そう言った佐竹の言葉に、
「はい、いつもお世話になっております」冰もコクリと頷いてみせた。
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