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第161話

「ああ、失礼致しました。やんちゃというのは語弊がありましたな。たいへんお元気なところも多いそうでございますが、でも本当はとてもお優しいお心の持ち主とご自慢でございますよ」 「――俺が……ですか? そりゃ、あれだな。他所様の前だからきっと真田も気を遣ってそんなことを言ってるだけでしょう。第一、俺は今も停学を食らっているような身ですし、褒められたところなんざ、これっぽっちもありゃしません」  何とも表現しようのない困ったような照れたような表情で、頭を掻きつつそう言う氷川を、冰は黙ったまま密か横目に見つめていた。だが、佐竹がその後に続けた話を聞く内に、その瞳はみるみると驚いたように見開かれていった。 「それは確かに――そういったお元気なところもあると真田様も申されておりますよ。こんなことを暴露していいのか分かりませんが、坊ちゃまはお言葉も決して丁寧とは言い難いし、目に見えていつも優しい笑顔を振り撒くようなタイプの御方でもない――。ですが、根底にあるものはとてもあたたかくて、たいへん人情に厚い御方なのだと」  氷川にしてみれば、またもやむせかえるような褒め言葉である。それこそどう反応してよいやら――というよりも自分のどこをどう見て真田がそんなことを思っているのか、全くもって分からないという心持ちでいた。  どうせ、対面を考えて、外ではそうして褒めてくれているのだろう。氷川家に対して忠実な真田には感謝すれども、何とも反応に困る話題である。  ところが、佐竹の方は存外大真面目なようで、氷川にとっては益々反応に困るようなエピソードを披露し出した。 「まだ坊ちゃまが今よりもお小さい頃のことだったそうでございます。何でも氷川家のご一家様と避暑地の別荘にお出掛けになられた時だとか。皆様でピクニックと称してご散策に出られた時に、真田様がお足をくじいてしまわれたのだそうです。その時、坊ちゃまが真田様をおぶって別荘まで連れ帰ってくださったのだそうで――坊ちゃまは覚えていらっしゃいますですしょうか?」 「――俺が真田をおぶって?」  氷川はまるで心当たりがないといったふうに少しばかり難しい顔をして考え込んでいたが、 「ああ……! 思い出した。そういや、そんなこともあったな」 「ほほ! やはり坊ちゃまは真田様のおっしゃる通りの御方なのですね」 「え?」 「普通は他人を手助けしたり、良い行いをして差し上げたりしたことは、してもらった方よりもよく覚えているものでございます。ですが、坊ちゃまは今、わたしが申し上げるまですっかり忘れていらっしゃった」

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