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第168話
「ご……う……姦って……、アンタ……が?」
「ああ――。報復と銘打って、ヤツを繁華街のパブの跡地に呼び出して――集団でボコった挙げ句、裸にひん剥いて犯した。今回、停学を食らったのだって、その一之宮にまたちょっかい掛けようとしたからだ」
冰はまるで雷に打たれたかのように、反応は無論のこと、微動だにできずに呆然と突っ立っているしかできなかった。何かを言葉にしようとすれども全く儘ならない。例えば『どうして、何故?』のひと言さえも言い出せずじまいだ。
そんな様子を横目に、氷川は話を続けた。
「これが本当の俺だ。だからお前が俺を巻き込んで申し訳ねえなんて思う必要はこれっぽっちもねえんだって」
「……そんな……」
再びあふれ出した涙がボトボトと音を立てて砂浜へと吸い込まれていく。思い切ったように冰は言った。
「じゃあ……じゃあ、アンタは……あの一之宮って人のことが好き……なのか?」
うつむいたまま顔も上げられず、視線も合わせられないままそう訊いた。
「好き――か。どうかな。さっき粟津にも同じことを訊かれたが、正直好きとか嫌いとか、そういうのとは違うと思う。ヤツの通う四天学園とはずっと前から因縁関係だったから――単に四天で頭を張ってるヤツが目障りだったってのもあるし、いつか潰しちまいてえって、常日頃思ってたよ。ただ――」
ただ――? 何だというのだ。その先の言葉が待ち切れないといったふうに、冰はうつむいたままだった頭を上げると、必死の形相で氷川を見つめた。
「ただ――犯っちまいてえくらいに興味はあったってのも事実だ」
「…………!」
氷川のひと言は、あふれて止まらない涙が一瞬で乾ききってしまう程に衝撃的だった。
何も反応できずにいる冰の前で、氷川の重たい言葉が続く。
「さっきは――、お前に抱いてくれなんて言われて、すっかり舞い上がっちまって――調子に乗って恋人になろうなんて言ったけどな。本来、俺はそんなことを言えた立場じゃねえってことだ。だから恋人云々の話は忘れてくれ」
「……ッ、……そんな」
冰は未だうつむいたまま、顔さえ上げられずにいる。その肩は小刻みに震え、どれ程の衝撃が彼を包んでいるのかが一目瞭然だった。
「けど、それと愛人の話は別だ。お前を愛人にしたがってるっていう何処ぞの社長には俺が話をつける。例えどんな手を使ってでもお前を愛人になんかさせねえから――」
だから安心しろと言ったように意思のある瞳が海を見つめていた。氷川のその言葉に驚いたように、ようやくと視線を上げた冰が見たもの――それは、鋭く尖った鈍色の刃物のような男の眼差しだった。
遠く、海原に傾き出した夕陽の反射を受けて、キラキラと光る。まるで、細かく砕け散ったガラスの破片のようだ。酷く危なげであり、そして酷く儚げで寂しそうにも感じられた。
静と動が混在するかのように鋭く突き刺すような意思のある視線、それと同時に砕け散った無数の破片に突き刺される痛みを耐えんというばかりの寂しげな視線が交叉する。
これが番格と崇められる男の真の姿なのだろうか――徒党を組むことなく、仲間を頼ることもせず――ただ一人、孤独を背負いながら敵に挑み、挑まれ続ける野生の獣のようだ。
冰は初めて氷川という男の本質に触れたような気がしていた。
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