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第170話 募る想いと後悔の狭間で

 次の日の午後のことだった。  本来であれば、創立記念日を挟んだ三連休だという冰を訪ねてデートの最中だったろうか――、氷川白夜はただ一人、送り迎えの車も付けずに、とある場所へと向かっていた。  時刻は正午を回った時分、遠目から長身の二人の男たちが肩を並べて近付いてくるのを、緊張の面持ちで待っていた。  二人組の男たちは学ラン姿である。土曜日だから、午前中の授業を終えての帰り道というところだろう。彼らは氷川に気付くと、驚いたようにして途端に険しい表情を浮かべて立ち止まった。 「お前――! 桃陵の氷川か――。ここに何の用だ」  連れの男を庇うかのように一歩前に歩み出て、険しく眉をひそめたのは鐘崎遼二であった。そう、ここは四天学園の番格といわれている一之宮紫月の自宅である道場の門前だ。鐘崎に庇われるようにして彼の後方にいる男は、紛れもなく紫月であった。  相変わらずに鐘崎が紫月を送り迎えしているのだろう、彼ら二人を目の前にするなり、氷川はガバりと膝を折り、地面に突っ伏すように額を付けて土下座をした。  ――――!?  これにはさすがに驚いたと言わんばかりの表情で、鐘崎と紫月の二人は沈黙のまま、互いを見つめ合ってしまった。 「済まねえ――一之宮――! それに……鐘崎にも……お前ら二人には本当に申し訳ないことをした。許されるとは思ってねえけど……ただ、どうしても謝りたかった……! 俺が一之宮にしたとんでもねえこと……本当に済まなかった」  頭を地面に擦り付けたまま、絞り出すような声で肩を震わせながら謝罪の言葉を口にする。そんな氷川を見下ろしながら、鐘崎と紫月の二人はほとほと驚いたように、しばし唖然と立ち尽くしてしまった程だった。  いくら住宅街といえど、真っ昼間だ。人の往来が全くないわけではない。興味本位の視線が次第にざわつき始めたのを懸念してか、鐘崎の方が眉間に皺を寄せながらも、土下座のままの氷川へと歩み寄った。 「おい、とにかく中へ入れ。ここじゃ人目につく」  そう言って、未だ連れの紫月を庇うように肩を寄せつつも、一先ずは氷川を立たせて道場の敷地内へと誘った。  街中にしては広い敷地を所有する一之宮道場である。大きめの植樹もあり、その辺りからは紫月の父親が住まう母屋からも見えないことを幸いに、鐘崎は氷川を木陰へと連れて行った。 「いきなり何だ――。お前、今は停学中だろうが」  鐘崎の声音に感情は見られない。怒っているでもなく、かといって許しているでもない、何とも起伏のない様子が、かえって彼の心情を表しているかのようにも感じられた。  その鐘崎の傍に立っている紫月の方は、ただただ驚いているといったような表情で、やはり無言のままだ。  氷川は再び、彼ら二人の前で膝を折って土下座をしてみせた。 「一之宮の尊厳を踏みにじったこと、本当に申し訳なかった。身勝手なことをした。済まない、この通りだ――」  今度は庭の土に顔面を擦り付けるようにしてそう謝罪する氷川に、二人は同時に眉をしかめた。

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