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第171話

 無言のまま、何と反応してよいやらといった状態の二人の前で、氷川は再度声を大にして謝罪を続けた。 「謝ればそれでいいだなんて――そんなことは微塵も思ってねえ。今では本当に後悔もしてる……。とんでもねえことしちまったって……自分を呪いてえ――! 謝るしかできねえけど、どんな制裁でも受ける。お前らの気の済むようにしてくれ……!」  殴るなり蹴るなり、そう、例えどんなことをされても構わない。許してくれ――と、言葉にこそ出さなかったが、氷川の態度からはそう言っているのがありありと窺えるようだった。  しばし、沈黙が三人の男たちを包み込む――  最初に口を開いたのは鐘崎だった。 「――俺は、既にこいつに対する制裁はしたつもりだ。あとは紫月、お前の気持ちだ」  見たところ、氷川の謝罪が演技でないことを悟ったわけか、はたまた氷川の言う通り、気の済むようにしろという意味だろうか、鐘崎は未だ眉をひそめつつも紫月に向かって穏やかにそう言った。 「……お……れは別に……」紫月は鐘崎の背に半分隠れながらも、戸惑ったように視線を泳がせていた。  確かに、紫月にしてみれば、この氷川から受けた陵辱行為は許し難いに他ならない。逆にいえば、こんなふうにして謝罪に訪れられれば、治まっていた気持ちがほじくり返されるようで、嫌悪感でいっぱいにもなろうというものだ。もう少しこのまま、黙っておとなしく放っておいてくれればよいものを――と、思わないでもない。  だが、氷川の必死さがそれら複雑な思いを上回るように思えたわけか、紫月も思い切ったように口を開いた。 「別に……もういいよ。とにかくツラ上げろって……」  そう促しても、氷川は全く土下座の体勢を崩そうとしない。紫月はふうと溜め息と共に言った。 「……元はと言や、新学期の番格勝負ン時に……ズルしてお前に不意打ち食らわせたんは俺ン方だしよ。お前が怒って報復に出てくるのは当然だし、分かり切ってたことだ」 「……一……之宮……?」  氷川はようやくと地面から顔を上げると、未だ土下座状態のままで頭上の紫月を見上げた。 「だからもういい――。俺にも非はあったんだし、てめえが……ンな土下座までして謝ってきたんだから、もう水に流すぜ」 「――一之宮……、済まねえ……本当に俺……」 「いいって! それに――、俺は今……シアワセだし……よ」  チラリと鐘崎を見やりながら頬を染める。足下では未だ土下座を崩さない氷川を見下ろしながら、 「つか、マジでもう分かったから……。とにかくツラ上げてくれ。てめえらしくもねえ……」  いつまでそんな格好をしていないで早く立てとばかりに、紫月は照れ隠しの為か、軽く口を尖らせつつそう言った。そんな紫月の言葉に、鐘崎の方も同調するように穏やかな笑みを見せて彼の肩を抱き包む。幸せそうに寄り添う男たちを見上げながら、氷川の頬に一筋の涙が伝わった。 「一之宮――、鐘崎、本当に済まねえ――」  声を涙にくぐもらせながら、今ひとたび頭を地面に擦り付けて謝罪した氷川の肩に、鐘崎がそっと手を差し伸べた。 ◇    ◇    ◇

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