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第176話

 淹れ立ての茶葉の香が心に沁みるようだった。氷川はまるで独白のような調子で、ボソリと呟き始めた。 「なあ、真田――」 「はい、何でございましょう」 「俺は――今まで散々好き勝手やってきた。お前にも、邸の連中にも、――それに親父やお袋にも迷惑を掛けてきたなって思ってよ」 「坊ちゃま……」 「今になって後悔してる。その時々を自由奔放に生きて、我が物顔で息巻いて……しょうもねえクソガキだ。どうしようもねえクズ野郎だ。今更だけど、もっと……もっとちゃんとしてたら……良かったのにって思うよ」  まるで今にも泣き出しそうな弱々しい様子でそう苦笑する若き主の姿を目の前にして、真田は心配そうに眉根を寄せた。 「坊ちゃま――」 「悪い……。愚痴こぼしちまった」 「いいえ――」 「だが、本当に……」  そうだ、本当にもっとわきまえた人生を歩んで来たのなら、どんなに良かったことだろう。番格と持て囃され、いい気になって好き放題――親が学園に呼び出されようが、誰に心配を掛けようが平気だった。そんな自身がほとほと恨めしかった。  もっと節度を持った行いをして過ごしてきたならば、あの一之宮紫月を穢すこともなかっただろうか。堂々と雪吹冰に想いを打ち明ける資格があっただろうか。そんなことを思えば、ますます悔やまれてならない。氷川は自分が情けなくて仕方なかった。 「坊ちゃま――」  ほとほと心配そうに覗き込んでくる真田の気配で、氷川はハッと我に返った。 「済まない。情けねえとこ見せちまったな」 「いいえ、とんでもありません。それよりも何かご心配なことでもお有りなのでしょうか?」  真田の視線が真剣で、それは本当に温かくもあり、有り難くもある。そうだ、過去を悔やんで焦れている場合ではない。今はただ、冰を助ける為に何ができるかを考えるべきだ――氷川は意を決したように瞳に力を携えた。 「なあ真田、お前は川西っていう不動産会社の噂を聞いたことがあるか?」意思のある視線と共に、氷川は真田にそう訊いた。 「川西様というと――ああ、はい存じております!」  真田は少しばかり考え込んだ後、思い当たる節を覚えたのか、パッと瞳を見開きながら言った。 「私は直接お目に掛かったことはございませんが、お噂は耳にしたことがございます」 「そうか! それで……その川西っていうのはどんな人物なんだ?」  知っていることだけでもいいから教えて欲しいというべく、逸った表情の若き主に少々驚きつつも、真田が素直に答えてみせる。 「はい、表向きは不動産王としてかなりのやり手の御方のようでございます。ですが、その……どうやら組関係のお付き合いもされていらっしゃるのではとのお噂が……」  言いにくそうな真田の物言いからして、組関係というと堅気ではないということだろうか。氷川は眉をしかめた。

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