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第177話
「それに……お若い坊ちゃまにこんなことをお話してよろしいのかどうか分かりませんが……」
「構わない。教えてくれ」
「はあ……その、聞くところによりますと、どうも川西様という御方はえらく好色とのお噂がございまして……」
「好色?」
「ええ。つまりは……色事のことでございます。交際されているお相手も多く、お商売のお店にも頻繁に通っているようなこともお聞きします。しかも……そのお相手というのが、女性だけではないようでして」
「男を買ってるってことか?」
「……え、ええ、ああ……はい。そのようでございます」
真田は咳き込みながらも、こくりと頷いた。
なるほど、それで冰を愛人にしたいなどと言い出したわけか。氷川はますます憤ると共に、何があっても冰を辛い目に遭わせてなるものかと、意を決する。
「あの、坊ちゃま。その川西様という御方がどうかしたのでございますか? お父上とも面識があるとはうかがっておりませんが――」
心配そうな真田に、氷川は「何でもないから心配しないでくれ」と言って微笑んだ。
「ちょっとな、悪徳企業で有名だっていう話を耳にしたもんで。俺もそろそろ企業のそういった話も勉強しなきゃならねえだろうと思ってよ」
「そうでございましたか。それはお父上もお喜びになられることでございましょうな」
真田は夕食の支度ができたら呼びに来ますと言って、部屋を後にしていった。
時刻はもうすっかり夕暮れ時である。そよそよと心地好い夕凪が窓辺のカーテンを揺らしている。明日は日曜日――週が明ければいよいよ停学も解けて、またいつもの日常が戻ってくるわけだ。
そして何より、冰についてもそれは同じである。三連休が過ぎれば学園生活が始まってしまうわけだし、彼が粟津家のホテルに滞在していられるのは、この連休中だけということだ。その後は自宅へ戻り、学園へもそこから通うことになるのだろうが、氷川は彼を一人にしておくことに不安を覚えていた。
先程、執事の真田から聞いた話によれば、冰を愛人にしたいなどとほざいている川西という男は、想像以上に厄介な人物であるのは確かなようだ。男が海外出張から帰って来るまでに約半月――その間に何としても具体的な対策を考えなければならない。
冰の叔父という人物を訪ねて苦言を申し立てるのも一案だが、会社が倒産しかかっている現状で、こちらの言い分に聞く耳を持ってくれるだろうか。現実的に考えれば、川西の帰国と同時に、すぐにでも冰を差し出したい腹づもりでいると考えた方が妥当だろう。感情だけでヘタに動けば逆に警戒されて、冰に危険が及ばないとも限らない。
「――クソッ、今まで散々イキがってきたくせして……結局俺は何の力も持たねえガキじゃねえか……!」
だが、憤っているだけでは何も解決しない。氷川はとにかく、思い付くままにできる限りの準備を整えようと、意思を固くしていた。
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