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第178話

「先ずは冰の家の詳しい状況を知る必要があるな――」  彼の家が今どういった生活環境なのか、手っ取り早いのは冰当人に尋ねればいいことなのだが、それと同時に客観的な情報も手に入れておきたいところだ。  氷川から見れば、冰は警戒心も薄く、何より他人を疑ってかかるなどというスレた性質でもなさそうである。良く言えば人の好く、性質も優しい好青年であるが、汚い世界を知らなさ過ぎる感が無くもない。要は傍目から見ていて危なっかしく感じられるのも確かなのだ。  そんな純粋な彼を騙し討ちにすることなど、腹黒い連中にかかればわけもないことだろう。氷川はこれまでに自分自身がそういった汚い手を使ってきたこともある経緯から、純粋培養のような冰のことが心配に思えて仕方なかった。 「俺はあいつのことを知らなさ過ぎる……。ここはあの粟津にでも尋ねるとするか」  明日の朝一番にでも粟津帝斗を訪ねてみよう。冰の親友である彼ならば、少しは内部の事情も分かるかも知れない。とにかくはあの帝斗にコンタクトを――と、そう思っていた矢先だった。執事の真田から、またもやご学友がお見えですという知らせが入ったのだ。  冰は先程帰ったばかりだ。今度はいったい誰だと思ったが、何とそれは氷川が会いに行こうとしていた粟津帝斗本人であった。 ◇    ◇    ◇  氷川が応接室へと降りていくと、そこには従者だろうか――屈強な感じのする若い男を連れ立った帝斗が、にこやかに微笑んでいた。 「やあ氷川君。また突然押し掛けて済まないね」 「粟津――! お前、どうして……。だがちょうど良かった。実は俺もお前に会いたいと思っていたところなんだ」  それを聞くと、帝斗は掛けていたソファから嬉しそうにして立ち上がった。 「そう! それは奇遇だね。じゃあ訪ねて来て良かったわけだ」 「ああ――。それはそうと、昨日はお前ンところの佐竹さんに色々世話になっちまって! すまなかったな」 「いやいや、構わないよ。うちの佐竹さんもご一緒できて良かったと喜んでいたよ。それに、キミのこともとてもいい青年だって言ってね、えらく褒めていたよ」 「……はあ、そりゃまあ、どうも……」  元来、褒められることに慣れていない氷川は、こういった話題は苦手である。 「そうそう、お昼まで一緒に誘っていただけたんだって? 佐竹さんは感激もひとしおの様子だったよ」 「……いや、そんなん当然ってか……俺らの方が散々世話になっちまって……」  なるべくならば早めに切り上げて、別の話題に移りたいところだ。それと同時に、今は帝斗と一緒にいる屈強な男性のことが気に掛かって仕方がないというのもある。  百八十六センチの氷川を若干上回るような長身の彼は、パッと見ただけでも相当な男前なのは確かだし、眼力もある。歳の頃もかなり上といった感じのその男を、ついチラチラと目で追ってしまう。  そんな氷川の様子にクスッと微笑みながら帝斗が言った。

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