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第175話
「とにかく――まだ少し調べてえこともある。お前には必ず連絡を入れるから、今日のところは帰るんだ」
まるで言い聞かせるかのように肩先に両手を掛けながらそう言う氷川の胸元が、冰の目の前で逞しげに映る――
思わず抱き付いてしまいそうになる衝動を抑えるように、冰はギュッと瞳を閉じた。
どんな言葉でもいい。今のこの気持ちを何とかして伝えたくとも、上手く言葉になってはくれない。
「白夜……。あの、俺……アンタに頼りっ放しで、すげえ迷惑掛けてる……」
「迷惑だなんて思っちゃいねえ。ただ、少しだけ考える時間をくれ。頼む――」
氷川の真剣な様子に、冰は滅法驚きつつも、とにかく今は帰るのが賢明だと悟ったわけか、素直にうなずいてみせた。
「……じゃあ帰るね。佐竹さんに連絡して迎えに来てもらうよ」
「ああ――。そうだな」
「白夜……」
「ん――? 何だ」
「あの……いろいろ済まない。本当に……ありがとう」
「礼なんて必要ねえさ」
互いの視線が互いを捉えて、外せなくなる――
意思を持った真剣な眼差しと、熱を持った潤んだ眼とが絡み合う。二人はしばしそのまま、じっと見つめ合ったままでいた。
ちょうどその時、お茶のお代わりを持って来た執事の真田が扉をノックした。
「失礼致します。お二方とも――さあ、どうぞお掛けになって。お茶のお代わりをお持ち致しましたぞ」
場の雰囲気が和むような穏やかで明るめの真田の声音が、ふっと心に沁みる。
「真田、ちょうど良かった。迎えの車が来るまで、この冰を持てなしてやってくれ」
氷川はそう言って真田に冰のことを預けると、言葉少なのままで応接室を後にしようとした。
「はい、それは勿論……。ですが坊ちゃま……」
「頼んだぜ」
「はい――」
(坊ちゃま――)
その後ろ姿を見送る真田は、心配そうに若き主の背中を見つめたのだった。
◇ ◇ ◇
それから三十分も経った頃、冰を見送り終えた真田が氷川の自室へと報告にやって来ていた。
「坊ちゃま、今しがたお迎えのお車がいらっしゃいまして、ご学友がお帰りになられました」
「ああ――いろいろ済まなかったな」
かくいう氷川自身も自室の窓からその様子を窺っていたらしく、既に知っていたようだ。
窓辺に佇んだままの主を見つめながら、真田が氷川の為にお茶を淹れていた。
「ご学友をお見送りになられなくてよろしかったのでございますか?」
なるたけ差し障りのないようにと、気遣った声音がそう問う。
「――いいんだ」
氷川もそんな真田の心遣いを分かっているから、素直に彼の元へと歩を進める。
「ハーブティーか? いい香りだ」
真田への労いの言葉と共にティーカップを口へと運んだ。
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