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第181話
「あ、ああ、そうなんだ――佐竹さんにはマジで世話になって、申し訳ねえなと……」
「構わないよ。それよりキミは冰からちゃんと話を聞いてくれたのか?」
「ああ……まあ、色々と……」
確か冰の話では、この帝斗も彼の家の事情というのを知っているということだった。だが、冰が帝斗にどこまでをどう話しているのか分からずに、何と返答してよいやら若干困惑させられる。そんな氷川の内心が透けて見えたわけか、帝斗がまたもや意味ありげな笑みを携えながら言った。
「冰に頼まれ事をしなかったかい? それも――ちょっと突飛なやつ」
「突飛なって……、お前どこまで……」知っていやがるんだ――そんな言葉を取り上げるかのように、帝斗は瞳を細めてみせた。
「キミはオーケーしたのかい?」
「オーケーって……」
「何せ、冰のやつときたら……僕には何の報告もなしでね。氷川君と会ってどうだったんだって訊いても、うんとか、ああとかの繰り返しさ。始終ボーッとしちゃって話にならないのさ。そんなわけでキミの方に尋ねてみようと思って押し掛けたわけ。僕には冰とキミを引き合わせた責任もあることだしね、どうなったかくらい知っておきたいと思ってね」
「どうなったかって……言われてもな」
さすがの氷川も冰同様、曖昧な返事しかできない始末だ。この粟津帝斗の直球とも変化球ともつかない話っぷりを前にしては、なかなかに困惑させられるのは確かなのだ。
そんな氷川を横目に、掴み所のない男はやれやれといったふうに両肩をすくめてみせる。少々小馬鹿にしていると取られそうな仕草も嫌味のなく、さらりとやってのけるところも氷川にとっては相槌に困らされる代物だ。
何と返事をして良いやら、困った氷川が目の前の珈琲カップに手を掛けた時だった。
「じゃあ単刀直入に訊こう。キミ、冰に抱いてくれって頼まれなかったかい?」
「――ッぶは……ッ!」
氷川は危うく飲みかけた珈琲を噴き出しそうになった。
「おやおや、驚かせちまったかい?」
テーブルに飛び散ったしぶきを自らのハンカチでスマートに拭いながら、帝斗が笑っている。
「あ……ンなぁ、……驚かせたかって……てめ、直球過ぎだろうが!」
「ああ、ごめんよ。でも大事なことだから。ちゃんと把握しておきたいわけなのさ」
そんな帝斗と氷川のやり取りを、それまで黙って窺っているだけだった綾乃木が、少々申し訳なさそうな様子で苦笑気味だ。
「帝斗さん、もうそれくらいにして差し上げないとお気の毒かと――」
綾乃木の苦言に、
「そうかい?」
帝斗もすまなさそうに言う。だが、やはりどこかまだ人の悪いような悪戯な笑みを携えたままでもある。だがまあ、さすがに堂々巡りを続けても仕方ないと思ったのか、急に姿勢を正したと思ったら、今後は百八十度一転、大真面目な表情で驚くようなことを言ってのけた。
「氷川君、キミ、冰を救ってくれる気はないか――?」
帝斗の言葉に、氷川は瞳を見開いた。
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