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第183話

「だが冰が何と言おうとね、川西に譲り渡すくらいなら――最終的には粟津財閥が雪吹を丸ごと吸収するつもりでいる」 「吸収――?」  氷川は少々険しく眉をひそめた。 「勘違いしないでおくれよ。吸収するといっても一時的にということさ。冰の親父さんがご快復されれば、すぐにも元通りに株を引き渡すつもりさ。また、こんなことは口にすべきではないと思うけど、万が一にも親父さんのご復帰が叶わない場合は――冰自身が修業して本格的に財閥を継げるその時期がくるのを待って、雪吹の家名ごと冰に返すつもりでいる」  氷川は驚いた。つまり、この帝斗の考えでは、倒産しかけた冰の家を丸ごと傘下に入れて、時期が来たら元通りに経営していけるように、一時の助太刀をしようということなのか。国内外でも指折り数えられる程の、粟津財閥ならではの成せる技というわけか――  だが、粟津家がそのように考えてくれているならば、とりあえずは一安心と思っていいのだろう。例えば冰が帝斗に迷惑を掛けたくないと言ったところで、現実問題として他に打開策がないのも事実である。ひとつ心配があるとすれば、それは冰の叔父という人物のことだ。氷川はそれが少々気掛かりに思えていた。 「だが、それで冰の叔父さんって人が納得すると思うか?」 「さすがだね氷川君、鋭いご指摘だ。確かに、倒産を免れるという点だけでいえば、納得せざるを得ないだろうね。粟津は川西がおいそれとは手の出せないような好条件で吸収するんだ。冰の叔父様が何と言おうと他の株主もいることだしね。ただやはり叔父様個人にとっては、どちらにせよ最悪の事態といえるだろうね」 「だろうな。冰から聞いた話じゃ、その叔父っていう人は随分と我が強えみてえだしな。会社がお前ん家の傘下になれば、当然トップも交替させられるってことだろう?」 「そうなるね。何せ冰のお父上が築いてきたものを、この短期間で破綻に追い込んだような人だからね」  だがまあ、叔父個人がどう思おうと、粟津の傘下になることで社が救われるということならば、冰が愛人になる必要はなくなるのだろうから、その点については一安心ではある。 「じゃあ、とりあえずは冰のやつが愛人にさせられるって心配は、一先ずねえってことだな?」  安堵の表情を浮かべた氷川だったが、意外や帝斗からは正反対の反応が返ってきて驚かされる羽目となった。 「それがね、そう単純な話でもないのさ」 「――? どういう意味だ」 「キミのご指摘通り、社は救われても冰の叔父様自身は苦境に立たされることに変わりはないんだ。立場も財産も一気に失うことになるからね。そんな叔父様が黙って指を銜えているはずがない。恐らくは個人的に川西に冰を売ってしまおうくらいのことは考えるんじゃないかと――僕はそう踏んでる」 「――! まさか……冗談だろ?」  氷川は眉を吊り上げると同時に蒼ざめた。

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