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第185話
「氷川君、僕は冰をそんな目に遭わせたくはない。場合によっては、冰にボディガードを付けることも考えてはいるんだけれどね。でもやはり一番いいのは傍で親身になって冰を見守ってくれる存在がいてくれたらと思うんだよ」
つまり、その役を氷川に頼めたらということらしい。
無論、氷川も冰を守りたいのは言うまでもない。本来であれば、何を差し置いても俺が守ると言いたいところではあるのだが、氷川には一之宮紫月を穢してしまった罪悪感が心に重く引っ掛かってもいて、堂々と大手を広げて『任せろ』と言い切れないのも辛いところであった。
そんな迷いが表情に出ていたというわけなのか、帝斗は即答のない氷川を少々怪訝そうに見つめながら言った。
「ねえ氷川君、キミは冰のことをどう思う? 彼のことが嫌いかい?」
「……! 何故そんなことを訊く……」
「冰は雪吹財閥を救う為に、自分が川西の愛人になる覚悟を決めていた。無論、肉体関係を余儀なくされることも含めての覚悟さ。見も知らない相手とそんなことをしなければならないんだから、冰にとっては相当の覚悟だったと思うよ」
「…………ああ」
「僕が思うに、今まで冰にはそういった――つまりは性的な経験がなかった。川西との初めての時のことを想像すれば、その怖さは計り知れないものだったと思う。冰がキミに”抱いてくれ”って頼んだのは、せめて好意を抱いている相手と最初で最後の心に残る思い出を作りたかった――僕にはそんなふうに思えるんだけれどね」
「…………!」
確かにそうかも知れない。氷川自身、最初に冰に抱いて欲しいと頼まれた時にそう感じたからだ。
「僕はね、氷川君。もしかしたらキミと冰なら上手くいくんじゃないかって思って間を取り持ったんだ。もしもキミが冰を想ってくれたなら――、そして二人が想い合ってくれたならいいなって。いくらボディガードを雇おうが、愛する人が傍に居てくれるのとそうじゃないのとは強さも重みも違うだろう?」
帝斗の言いたいことはよく理解できた。新学期の番格対決の際に、一之宮紫月とのタイマン勝負を放っぽってまで冰に関心を示していた様子を見て、何か閃くところがあったのだろう。一之宮紫月に対しても、『ケツを掘らせろ』などという条件を突き付けていたことだし、男性がそういった対象になるならば、冰との恋愛も可能かも知れない――という期待を抱いたのだろう。
氷川は、そんな帝斗の気持ちが重々分かる気がしつつも、自身の中に渦巻く苦い後悔のことを思えば、どうにも歯がゆくて堪らない。これまで自由奔放にイキがってきた自身が、とてつもなく悔やまれてならなかった。
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