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第186話
「粟津――お前の言いてえことは分かった。俺も冰が……あいつが辛え目に遭うのを黙って見ているつもりはねえ――。ねえけど……」
うつむきながら、膝の上で拳を振るわせてそう言う氷川を前に、帝斗は逸るように首を傾げながら彼を見つめる。
「冰のことは守る。それは約束する――。例えばあいつの叔父貴ってのが、力づくであいつをさらいに来ねえとも限らねえ。そん時は身体張ってあいつを守るぜ。川西って野郎がヤクザ絡みだっていうなら、命に代えても……守り通すつもりだ。けど……だけど俺には……」
あいつを愛することはできない――
絞り出すように言われたそのひと言に、帝斗は眉根を寄せた。
「氷川君――? それはどうしてか、訊いてもいいか? 僕はもしかしたらキミも冰のことを想ってくれているんじゃないかと、そんなふうに感じていたんだけど……僕の勘違いだったならそれは致し方のないことさ。勿論、無理強いするつもりはないんだ」
帝斗は真摯な面持ちで氷川を見つめ、そう言った。
ただ、もしも勘違いであるならば、『命に代えても冰を守り通してみせる』という意思はどこからきているのだろうか――帝斗の表情からは、それが不思議でならないといったふうであった。
ふ――と、唇が僅か弧を描いただけの苦笑と共に氷川は言った。
「俺にはあいつを……冰を愛する資格がねえ……んだ。お前、めちゃくちゃ勘が鋭いみてえだから、この際、隠し立てはしねえけどよ――。確かに俺は冰に対して興味を抱いてる。昨日、お前の仲介で思い掛けずあいつに再会して――そんな気持ちは益々強くなったってのも認めるぜ……。あいつん家の事情を聞いて、俺が力になりてえ、守ってやりてえと思ったのも事実だし、実際守ってやる覚悟でいる」
「氷川君……」
「けど――けどよ、それと愛がどうのってのは別にしてくれ。どんなにあいつに惹かれてようが、俺にはあいつにそれを告げる資格はねえから――」
そう言い切った氷川の拳が、未だ彼の膝の上で震えていた。
そんな様子から、何か事情があるのだろうと悟ったわけか、帝斗は一先ず氷川の意思を尊重すべきと心得たようであった。
「分かった――。ともかくキミが協力的でいてくれるのは有り難いことさ。僕ら、これからも連絡を取り合って、冰を見守っていこうじゃないか」
「ああ、そうだな……。いろいろと勝手を言ってすまない」
「いやいや、僕の方こそズケズケと言ってしまってすまなかった。ところで、キミも僕に何か用事があったようだけれど――。僕を訪ねてくれようとしていたんだろう?」
「あ、ああ――そうなんだ。まあ、俺が訊きたかったことってのも、冰のことなんだが――」
氷川は気を取り直したようにして帝斗を見つめた。
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