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第188話

 ということは、川西の意向如何で冰の叔父はどうにでも従ってしまうような感じなのだろうか。氷川は一等気に掛かっていることを打ち明けた。 「粟津財閥が冰の家を吸収するのは時間の問題として、そうなると冰の叔父貴はすぐにも川西に冰を引き渡したいところなんだろうが、冰がそれを断ることはできそうなのか?」  つまり、冰が叔父の意に逆らった場合、叔父がどういった行動に出るかを知っておきたいわけだ。川西はヤクザとの繋がりもあるらしいし、力尽くでさらわれたりする可能性があるのか――、叔父というのはそこまでするような人物なのかを知っておきたい。  帝斗にも氷川の意が伝わったようで、少々生真面目な調子で答えが返ってきた。 「断るのは難しいだろうね。例え冰がもう愛人になる必要はないのだからと言ったところで、ガキのくせに生意気言うんじゃない――くらいのことは言われるだろう」  やはりか――。では冰を両親が不在の家に置いておくのは、好ましくないということだ。 「なあ粟津――。もしも俺が川西と冰の叔父貴の立場だったらよ、登下校時を狙って拉致する――くらいのことは考えると思うぜ」 「氷川君……? それはどういう……」 「俺は……自分が散々汚ねえ手を使ってきただけに、奴らが考えそうなことが分かるんだ。俺が川西なら、冰が欲しけりゃ力尽くでさらいに行くことを考える。十中八九間違えねえ」  氷川の視線が今までとは打って変わったように、みるみると鋭さを増してゆく。まるで瞳の中にユラユラと業火の焔が点っていくかのようだ。帝斗は少々驚きつつも、 「……じゃ、じゃあ、当分の間はうちの佐竹さんに言って、学園への送り迎えをしてもらった方が安全かな? うちには運転手さんは佐竹さんの他にも数人いるし、冰も佐竹さんなら何度も会っているし、気兼ねないだろうしね」 「ああ、できるならそうしてもらえれば有り難い。だが、それだけじゃまだ足りねえ。あいつが拉致されるのは登下校時だけとは限らねえんだ――」  氷川は一旦そこで言葉を止めると、意を決したようにして帝斗を直視した。 「粟津――」 「ん、何だい?」 「もし良ければ、冰を――あいつを、俺の家で預りてえと思うんだが」 ――――!  氷川の言葉に、帝斗と――そして帝斗の隣に腰掛けていた綾乃木も驚いたようにして瞳を見開いた。 「幸い、俺の家には客間も空き部屋もある。親父もお袋も殆ど香港支社に行ってて不在だし、冰のヤツもそんなに気を遣わなくて済むだろうしな。ここからだと楼蘭学園に通うには遠くなるが、登下校を佐竹さんの世話になれるんだったら安心だ」 「氷川君、キミ……。それは勿論、すごく有り難いことだけど……本当にいいのかい?」 「俺はあいつを一人にしておきたくない。一人にすれば必ず隙を突かれる。悪人のやり口が手に取るように想像できちまうのが情けねえけどな……」  氷川に先程までの迷いの感情は感じられない。  冰を愛することはできないけれど、命に代えても守り抜くと約束するぜ――  そう言った自らの言葉を体現するかのような鋭くも意思の強い視線がギラギラと戦いの炎を讃えている。  その様はまるで野生の中で生死を賭ける孤高の獣のようであった。

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