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第189話

「そう、では早速冰に伝えよう。氷川君、本当にありがとう」 「いや……それより肝心なことを忘れてたが……。冰がうちに来てくれるかどうかってのは……」  氷川はまたしてもやってしまったというように、苦虫を噛み締める勢いでに急遽表情をしかめてしまった。  そういえば、つい昨日もそうだった。冰に事情を聞かされて、『俺たちが付き合っちまえば、お前は正真正銘俺のモンってことになる。恋人になろうぜ――』などと、勢いに任せて口走ってしまったことを思い出したのだ。  つくづく自らの学習能力の無さに落ち込みそうになったが、とにかく今は冰を守ることが何より先決である。要は自分の想いを伝える資格がないというだけであって、それと冰を守ることは切り離して考えるべきだ――氷川はそう自分に言い聞かせては、より一層意思を固くしたのだった。  冰の母親へは帝斗が事情を伝えてくれるという。 「やはり、冰本人にはキミから言った方がいいだろう。ねえ氷川君? 早速電話してあげておくれよ」  帝斗の表情には、来た時と同じような朗らか且つ少々悪戯っぽい笑みが戻ってきている。 「電話っつってもよ……俺、あいつの番号知らねんだ」 「おや! それは不便この上ないねえ。じゃあほら、これが冰の番号――」  帝斗は自らのモバイル画面を氷川へと差し出しながら、 「それよりも今から冰に会いに行ってしまった方が話が早いんじゃないかい?」そう言って笑った。  だが、冰はつい先程ここから帰って行ったばかりだ。それを帝斗に伝えると、呆れたようにして、またもや悪戯そうな顔で笑ってみせた。 「冰は一体何をしに来たんだい?」 「や、何って……まあ特には……なぁ」 「ふうん? 案外キミの顔が見たかっただけなのかも知れないね」  クスクスと人の悪い笑みを浮かべつつ、上目遣いだ。氷川は、それこそ苦虫を潰したような何とも言い難い表情で片眉を吊り上げさせられてしまった。 「まあ、いいさ。僕と天音さんも一緒に行くから、氷川君から直接彼に伝えてやっておくれよね」  恐らく冰は、この話を断ることはないだろう。そう確信のある帝斗は、善は急げとばかりに早速引っ越しの算段を巡らせていたりもするのだった。  そうして冰のいるベイサイドのホテルへと向かった三人は、彼に事情を話した。すると、冰は驚きつつも、氷川の家で暮らすことに前向きな意を示した。  もうこの際だからと、帝斗も腹を割って粟津家の意向を伝え、傘下の件も含めて思っていることを洗いざらい冰に打ち明けることにする。気付けば既に日付を跨ぐまでの長時間の話し合いとなったが、それぞれの意見を吟味しながら充分に話し合うことができた。  冰は、親友である帝斗に迷惑を掛けて申し訳ないとしつつも、とにかくは粟津家の厚意に甘えることで大筋一致したのだった。

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