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第190話

「じゃあ、明日は冰と僕とで冰のお袋さんに伝えに行こう。今週末までには氷川君のお宅へ引っ越しができるように、冰も荷物をまとめておいておくれよね」  冰の母親へは帝斗が責任を持って納得してもらえるように説明するというので、氷川の方も冰を迎え入れる準備を進めることにする。 「俺も一応、香港にいる親父とお袋に伝えておく。冰の住む部屋の準備もしておくから」 「白夜……それから帝斗も綾乃木さんも……皆、本当にありがとう」  冰が瞳を潤ませながら皆に向かって頭を下げる。  こうして、氷川と冰の一つ屋根の下での同居生活が始まることになったのだった。 ◇    ◇    ◇  その帰り道のことだった。氷川を自宅へと送り届けた後、帝斗は綾乃木の運転する車の助手席で揺られながら、不思議顔でいた。 「ねえ、天音さんはどう思う? あの二人、すごくいい雰囲気だと思うんだけどさ」 「氷川君と冰君のことか?」 「うん。まあ、とにかくは万事オーライってところだけどさ。それにしても、何で氷川君は冰を愛することはできないなんて言ったんだろ? 資格がないってどういうことだと思う?」 「氷川君には何か他人に言いたくない理由があるんだろ」 「言いたくない理由って何さ?」 「さあな――そこまでは俺には分からんな」  氷川らの前では丁寧語だった綾乃木だが、帝斗と二人きりになれば話し方がガラリと変わる。この二人にとっては、これが通常なのである。  帝斗はリラックスしながらも、その理由とやらが気になって仕方ないといったふうに綾乃木に食いついていた。少々唇を尖らせながら、上目遣いで運転席の彼を見つめる。その様はまるで甘えん坊の子供のように無邪気でもある。  こうして二人きりになれば、帝斗も外で見せるしっかり者という雰囲気がすっかり薄らぐわけなのだ。互いに互いの前でだけさらけ出せる『素』なのだろう、綾乃木と帝斗の絆の深さが感じられる一幕だった。 「でもやっぱり気になるなぁ。冰の方は氷川君にゾッコンだよね。さっきだって、氷川君の家で暮らさないかって言われた途端に顔を真っ赤にしちゃってさ。恥ずかしがりながらも嬉しくて仕方ないってのが顔に出てたよ」 「冰君は純朴なんだな」 「そう! 冰ってあんなにイケメン顔なのに、今まで恋人ができたこともないんだよ。誰かを好きになった――なんて話も聞いたことないしさ。すごい淡泊なのかと思いきや、番長対決に連れてって以来、氷川君の話しかしないんだもの」

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