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第195話

 そして週末――。  帝斗と綾乃木に連れられて、冰が氷川邸へとやって来た。  左程荷物は多くないが、それでも中型のトラックに当座の着替えや身の回りの必需品が積み込まれてきて、氷川邸では朝から賑わいをみせていた。  執事の真田と帝斗が一番張り切っているといった様子で、とにかく楽しげだ。当の冰は氷川と一緒に住むという事実に、気恥ずかしげにしながらも嬉しそうであった。  昼前にはすっかり荷運びも完了し、真田が用意したブランチを一同で済ませると、帝斗と綾乃木は引き上げていった。二人を見送り終えた後、氷川が使用人たち一同を集めて冰を紹介し、当分の間一緒に暮らすことを説明する。真田をはじめ、皆一様に雪吹財閥の名前はよく聞き及んでいるらしく、そこの嫡男である冰が氷川邸で暮らすことにたいへん好意的であるようだった。 「冰、うちの執事の真田だ。何か必要なことがあれば遠慮なく真田に言ってくれ。勿論俺に直接言ってくれても構わねえ」  氷川に紹介されて、真田が丁寧に頭を下げる。 「真田と申します。雪吹のお坊ちゃま、どうぞご自宅にいると思って、何でもお申し付けくださいませ」 「あ、はい。ありがとうございます。雪吹冰です。この度はお世話をお掛けして恐縮です。どうぞよろしくお願い致します」  皆の前で深々と頭を下げながらそう言った冰に、氷川邸の面々も嬉しそうであった。 「まさか白夜坊ちゃまにこんな素敵なご学友がいらしたなんて!」 「本当に! とってもハンサムな方でドキドキしてしまいますわ」  調理場やハウスキーピングを担当している中年のメイドたちがキャッキャと大はしゃぎである。 「酷え言い草だな。俺のダチにしちゃ出来過ぎだとか思ってんだろうが」  メイドたちを冷やかしつつも、本心では氷川も頼もしげだというのが丸分かりであった。 「冰、うちの連中は見ての通りミーハーなおばさん揃いだが、根はいい奴ばっかりだからよ。マジで遠慮しねえで何でも言い付けてやってくれな」  氷川がそう言えば、メイドたちは、「まあ、坊ちゃまったら嫌ですよ! ミーハーだなんて、ねぇ!」キャハハハと朗らかに笑いながら、氷川の肩先をバシバシと叩いて大盛り上がりだ。笑顔にあふれた氷川邸の人々の様子から、普段の氷川の暮らしぶりが窺えるようで、冰は心温まる思いがしていた。  そういえば、先日粟津家の運転手である佐竹の話の中でも、氷川がお邸の使用人たちに慕われていると聞いていたのを思い出した。  やはり彼は噂通りなのだということを実感させられる。氷川本人は『俺はいいヤツなんかじゃない』と言い切っていたが、こうして慕われている様を間近にすれば、これこそが本来の彼なのだろうということがしみじみと伝わってくるようだ。冰は、ますます氷川に対する気持ちが深くなってしまいそうで、戸惑いつつも胸の高鳴りを抑えることができなかった。

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