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第197話
「慣れるまでしばらく掛かるだろうが、気疲れしちまったんじゃなんにもならねえ」
「あ、ああ……そうだよな。本当にありがとう」
髪を撫でられたことで冰はますます頬を真っ赤に染めている。如何な理由があろうとも、いきなり他所の家で暮らすことになって色々と心許ないのだろう、氷川はそんなふうに思っていた。まさか冰がそういった遠慮の気持ちだけで頬を染めているのではない――などとは微塵も思わずに、できる限りの力になってやりたいと意気込みを新たにする。恋愛に疎いのは、案外冰よりも氷川の方なのかも知れない。
それらを体現するかのように、割合真面目な表情で氷川は言った。
「ンなことより、授業が終わったら寄り道しねえで帰って来いよ? まあ学園への送り迎えは粟津ンとこの佐竹さんが来てくれるっていうから安心だけどよ。放課後にダチとの付き合いなんかもあるだろうが、しばらくの間は我慢だ」
まるで『分かるな?』とでもいうようにじっと瞳を覗き込みながらそう言う氷川に、冰の方は茹で蛸状態だ。
「――なんてな。これじゃ、口うるせえ親父みてえだわな」
ポリポリと頭を掻きながら照れ笑いする様子にも、ますます身体の熱が上がりそうだ。
「そんなこと……ねえよ。有り難えと思ってる。マジで俺……」
「はは、そっか? だったらいいけどよ。ついうるさく言っちまってすまねえと思ってる」
「いいんだ。俺の為にそんなに考えてくれて……マジで有り難えよ」
「ん、そっか。そうだ、うるせえついでにもうひとつ――大事なことだ。粟津の方でもお前の家を傘下に入れる手はずは整えてるだろうから。そうしたらお前の叔父貴が川西ってヤツと連れだって、いずれは此処を嗅ぎ付けるだろう。お前がこの家にいるってことは伏せてあるが、万が一奴らが訪ねて来てもお前は部屋から出るなよ?」
「え……!? ……でも」
「もしも叔父貴が訪ねて来ても、俺と真田で対応する。お前は何も心配しねえで、この部屋で待ってるんだ。いいな?」
「うん……分かった。けど白夜……そこまでアンタに頼っちまっていいのか……? それに、真田さんにも迷惑を掛けちまうんじゃ……」
「そんなことは心配するな。それから――」
氷川は部屋の隅にある一つのドアの前へ冰を呼びながら言った。
「この扉は隣の部屋に繋がってる。もちろん双方から鍵も掛けられるが、鍵を掛けなきゃ部屋と部屋とが繋がるコネクティング仕様だ。いちいち廊下へ出なくても行き来できるようになってんだ」
扉を開けながらそう説明して、氷川は冰を隣の書斎へと案内した。
「ここは一応俺の書斎ってことになってるが、普段は殆ど使ってねえ。もしもお前が勉強やなんかで使いたければ自由に出入りして構わねえ」
「あ、ああ。ありがとう……」
それにしても本当に至れり尽くせりの豪華さだ。無論、冰の家とて財閥だから、似たような環境ではあるものの、どちらかといえば現代的な造りの自宅と比べて氷川邸は本当にレトロでクラシック感が漂っている。驚き顔の冰を他所に、氷川はそのまま部屋を突っ切ると、またしても次の間へと続くようなコネクティングの扉を開けながら言った。
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