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第198話

「冰、ここも隣の部屋と繋がる造りになってる。そんでもって、ここが俺の部屋だ」  氷川に続いて足を踏み入れた瞬間に、冰はハッと瞳を見開いた。  ドキドキと心拍数が速くなる―― 「散らかってるが、入れよ」 「あ、うん。すげえ……暖炉まであるんだ」 「ああ、殆ど飾りみてえなもんだけどな。今はエアコンがあるし、使うことはねんだけどよ。一応ちゃんと火は入れられるようになってるぜ」 「そうなんだ……」  コネクティングの扉から入って右側に暖炉、そして部屋の中央には自室には珍しいような応接セットがあり、左側が廊下へと通じる扉だろうか。応接セットの向こうには天蓋付きのベッドと、その横に小さく仕切られた小部屋がある。その小部屋の中は氷川がパソコンをしたり勉強をしたりできるスペースになっているとのことだった。そして勿論、この部屋もバス・トイレ付きである。ただ一つ違うのは、この部屋には次の間へと通じるコネクティングの扉がないということだけだった。 「この向こうは図書室になっててよ。その向こうが親父たちの書斎と寝室になってる。だからコネクティングにはなってねんだよ」  両親の部屋と通じる扉があったんじゃやりづらくて仕方ねえしな、そう言って氷川は笑ったが、では何故今見てきた三部屋だけは繋がる仕様になっているのだろう。冰は不思議に思ったが、まさか自分の為に用意してくれた部屋が将来迎える氷川の嫁の為の部屋だなどということは無論知る由もない。 「冰――、俺の方からは鍵は掛けねえから。何か困ったことがあったり用事があれば、いつでも訪ねてくれて構わねえ」  氷川は割合真面目な調子でそう言い、と同時に『お前の方からは鍵を掛けておいていいぞ』と付け足した。そしてすぐにニヒルに口角を上げると、 「じゃねえと俺が夜這いに行くかも知れねえぞ!」そう言ってハハッと爽やかに笑った。  おそらくは冗談で言ったのだろう。この家に来て緊張している冰の気持ちを少しでも解してやらんとする気遣いだったのかも知れない。だが、冰にとってはますます頬が染まってしまうようなひと言だった。 「あのさ……白夜」 「ん? 何だ?」 「俺も……鍵掛けねえでおくから……。夜這いとか……来てくれても……その、いいしよ」  視線を泳がせながら頬を真っ赤に染めてそう言った冰に、氷川の方はポカンと口を開けたままで目の前の彼を凝視してしまった。まさか冰からそんなことを聞こうとは思ってもいなかったからだ。あまりの驚きに、咄嗟に反応できないほどだったのだ。 「バッカ……。夜這いってのは冗談だってのよ……」 「え……!? あ、ああ……そう……だよな?」  冰も大胆なことを言ってしまったと、気恥ずかしそうにうつむく。そんな姿を目にした氷川は慌てて言い訳を探す。 「や、”冗談”っつのは違うっつか、その……行き来できた方が緊急時にも役立つかも知んねえしよ」 「ん、そう……だよな。だから……やっぱ俺ん方からも……開けとくから」 「あ、ああ。じゃ、通行自由っつーコトで」  互いに視線を泳がせながら、取り留めのないような会話を繰り返す。まるで初めて想いを打ち明け合う中学生のような二人だった。

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