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第199話
その後、二人で冰の荷物を粗方片付け終わった頃には、すっかり夕刻になっていた。
真田も交えて三人で和気藹々。夕卓を囲み、冰は氷川と共に自室へと戻った。
「今日は疲れたろ。ゆっくり休めよ」
明日は日曜だし、少し寝坊をしてブランチを中庭のテラスで摂ろうという提案を残して、氷川も自室へと引き上げていった。無論、廊下には出ずにお互いの部屋と部屋とを繋ぐコネクテゥングの扉の方から帰って行く。その後ろ姿を見送り終えると、冰はふうと大きな溜め息と共にベッドへと腰を下ろした。そしてポケットから一枚のハンカチを取り出し、それを大事そうに両手で撫でる。先日、葉山の海岸で氷川に貰ったそれだ。
「……白夜」
刺繍された名前の文字を指先でなぞりながら瞳を細める。
叔父たちに連れ去られるかも知れないからということで、当面の間はこの邸で暮らすことを提案されたわけだが、あの葉山でのこと以来、氷川との仲は進展していない。
氷川も心底心配してくれているのは充分理解できるし、色々と一生懸命になってくれているのは確かだ。
だが冰にはどことなくそんな氷川が遠い存在に思えてしまうのも事実で、それが何とも気掛かりであった。
「俺ンこと、どう思ってんだろ……。あの日以来、話すことといったら俺の身を案じてくれることだけで……それは勿論すげえ有り難えんだけどな……」
あの日、『俺たちが本当の恋人同士になっちまえばいい。俺は自分の恋人を愛人に差し出すような腑抜けじゃねえつもりだぜ』と言ってくれた氷川の言葉が耳から離れない。今にして思えば、あのまま勢いに任せて抱かれてしまった方が良かったのではないだろうか――冰は後悔の心持ちでいた。
「やっぱ……あいつのことが好きなのかな……」
”あいつ”というのは四天学園の一之宮紫月のことだ。
『犯 っちまいてえくらいに興味はあったってことだ』
氷川はそうも言っていた。
紫月という男の顔を思い浮かべれば、どうにもモヤモヤと心が苦しくなる。これが嫉妬なのだということは、如何 な晩熟 の冰にも何となく理解できていた。
「俺ンことは……犯 っちまいてえ……って思ってくれねえのかな、白夜……」
ポスリと枕に顔を落としながら独りごちる。手にしたハンカチを見つめれば、胸の奥がキュッと摘ままれるように痛み出す。
「やっぱ夜這い……行っちまおうかな……」
氷川は今頃どうしているだろう。部屋と部屋とを繋ぐ扉に鍵は掛けないと言ってくれたことだけが、今の冰にとっては心の糧ともいえる唯一の支えであった。
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