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第209話
そして週明け――冰は粟津家の運転手である佐竹の車で楼蘭学園へと登校し、氷川もまた桃陵学園へと向かった。
氷川にとっては少々憂鬱な日々の始まりである。停学が開けて以来、例の不良連中たちとの目立った争い事は無かったものの、学園での四面楚歌状態は相変わらずで、重苦しい雰囲気の中で孤独感が続いていたのも事実だったからだ。
まあ、これまでにも教室内でクラスメートたちとはしゃぎ合ったりというわけではなかったものの、誰もが遠巻きに自分を見るだけで『おはよう』のひと言さえないというのは、苦しくないといえば嘘になる。それでも氷川は特に落ち込むでもなく、表面上は淡々と過ぎゆく時に身を任せるしかなかった。弁当を食べるのも独りきり、休み時間になっても誰とも話さずに一日が終わる――先週一週間はずっとそんな日々が続いていたのだ。
週末に冰が引っ越して来て、しかも彼と想いを打ち明け合えた。個人的には幸せな状況であるものの、学園に顔を出せば、今週もまたあの重い雰囲気の中で過ごさねばならないのかと思うと、やはり覇気が出ないのは否めなかった。
そんな中で午前中の授業が終わり、昼休みが始まりを告げる。と、その時だった。停学開け早々に絡んできた対立グループの不良連中が、氷川のクラスへと顔を出したのだ。
四、五人でツルみ、ズケズケとした態度で室内へと入ってくる。
氷川の席は入り口から一番遠い窓側の最後尾だから、彼らとの距離はあるものの、また何か面倒な因縁でも付けられるのかと眉根を寄せる思いでいた――その時だった。彼らが向かったのは氷川の元ではなく、廊下側の一番前の席に座っていた一人のおとなしそうな男の所だった。
あの朝、氷川に向かって『桃陵の頭は俺が取る』と宣言した男を中心にして、おとなしそうな男子生徒を全員で取り囲むように肩を鳴らしている。どうにも不穏な様子に氷川は眉をひそめた。
「よう、後藤! 今日はてめえの番だ。早く行って弁当買って来いや!」
「飲み物も忘れるなよ!」
「買って来たら屋上に届けろよー。つか、モタモタしてねえで、さっさと行けっての!」
「勿論、銭はてめえ持ちだかんな?」
まるで手下扱いである。後藤と呼ばれた男子生徒は、肩を丸めるように小さくなって震えている。
「あの……弁当を買って来るのはいいんだけど……俺、もう金が……そんなに無いんだ……。だから全員の分は足りるかどうか……」
聞き取れるか取れないくらいの、か細い声で懸命に訴えている。
周囲では助け船を出すわけでもなく、皆困ったような顔で――だが、誰一人として関わろうとはしない。
氷川は無言のまま立ち上がると、足早な大股で、取り囲まれている後藤の席へと向かった。
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