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第210話
「おい――てめえら、何してやがる」
後方から声を掛けられた不良連中が、そのひと言に全員が一斉に氷川を振り返った。
「他人 のクラスに来て使いっ走りみてえなマネしてんじゃねえよ。てめえのメシくらい、てめえで買いに行きゃいいだろうが」
眉間に皺を寄せながらそう言った氷川に、不良連中は苦虫を噛み潰したかのような表情で一瞬言葉を失った。――が、すぐに意気込むと、
「なんだ、腰抜けの氷川じゃねえか! グダグダうるせえわ! すっこんでやがれ!」
「いつまで”頭 ”気取りしてんじゃねえっつの!」
「そうそ! 今の”頭 ”はこの早瀬 だ。てめえに指図される謂われはねんだって!」
新しく桃陵の頭を名乗った”早瀬”という男を中心にして、脇から彼の仲間たちが次から次へと罵倒を繰り出してくる。だが、氷川は動じることなく、かといって格別には怒るでもなく、淡々とした調子で返した。
「頭 がどうのなんて関係ねえだろが。何でこいつがてめえらのメシを買いに行かされなきゃならねんだって言ってんだ」
一団に囲まれて小さくなっていたクラスメイトの後藤を見やりながら静かに言う。
「ンなこたぁ、てめえにゃ関係ねえだろうが!」
「つかよ、ヘンな因縁付けてんじゃねえよ!」
「それとも俺らとやり合おうってんなら、いつでも受けて立つけどー?」
どうなんだよとばかりに顎を突き出して威嚇し、皆で氷川に詰め寄る。
一触即発、殴り合いにでも突入するかという雰囲気に教室中が静まり返る――。
不気味な沈黙を破ったのは、輪の中央で小さくなっていた後藤だった。まるで氷川の背に庇われるようにして縮こまっていた身体を奮い立たせるように叫ぶ。
「ひ、氷川君……! い、いいんだ! 俺、買いに行ってくるから……!」
後藤は必死といった表情でそう言い残すと、逃げるようにして教室を飛び出して行った。
「おい、後藤……!」
氷川が咄嗟に呼び止めたが、後藤は一目散といった調子で階段を駆け下りて、走り去ってしまった。
後に残された不良連中は、それで満足とばかりに顎をしゃくってその後ろ姿を眺めている。氷川にもまるで唾を吐きかけん勢いで舌打ちし、二言三言嫌味を残すと、早々にこの場を引き上げていった。
「……ったく、どうなっていやがるんだ」
独りごちた氷川の後方で、相槌を返すかのように数人が呟いた。
「あいつら……今日で三度目だよな……」
「ん……。昨日は隣のクラスの矢田 ってヤツが買いに行かされてたの見たし……」
「おとなしそうなヤツばっかり狙って、順繰り順繰りタカってるって感じ……」
ぼそぼそとそんなことを口走る。ここ数日は氷川に対して声一つ掛けてこなかったクラスメイトたちが、次々と氷川の周囲へと集まって来たのだ。
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