202 / 296

第202話

 やはり氷川はあの一之宮紫月のことが好きなのだろうか。だからこうして一緒のベッドに潜っているにも係わらず、余裕でいられるのだろうか。  考えれば考える程、嫉妬やら不安やらで心の中にドロドロとした重いものが渦巻いてしまいそうだった。  何もしてくれない氷川。  雰囲気だけでいえば、例え出来心でも求め合うような流れになっても不思議ではないというのに、手さえ出してくれない氷川。  そのくせ言葉では『襲うかも知れないぜ』などと大胆なことを言ってくる。悪戯そうに笑う様子は、ただ単に気持ちを解そうとして、わざと際どい冗談を言って盛り上げてくれているようにも受け取れる。  身を案じてくれて、『俺がついているから何も心配するな』とも言ってくれて、やさしく穏やかに接してくれる。一人で眠れないと言えば一緒に寝てもくれる。なのに、それ以上は何もない。欲情の兆しさえ見せてはくれない。  冰にはそんな氷川の心が分からなかった。まさか氷川が『自分には想いを告げる資格がないから、精一杯守ることでその想いに代えよう』と思っていることなど、想像すらつかないままで、一人悩み苦しむのだった。  こんなにも傍にいるのに、酷く遠い存在に思えてしまう。何だか切なくなってしまい、冰は今にも泣き出しそうになるのを必死で堪えていた。 「じゃあ……おやすみ……。今日はいろいろありがとな」  そう言って氷川に背を向けるように寝返りを打った。その声は弱々しく、ともすれば涙にくぐもっているかのようだ。そんな様子を変に思ったのか、氷川は心配そうに顔を覗き込んだ。 「おい、冰――? どうした?」  半身を起こし、冰の背中を抱き包むような形で覗き込む。 「……どうもしねえ、何でもねえから……」 「何でもねえって顔じゃねえだろうが――」  もうあと一週間もしない内に川西という男が帰国する。粟津家が雪吹財閥を傘下に入れる日も近い。それらが重圧となって不安なのだろうか――氷川はそんなふうに思ってしまっていた。 「お前が不安なのは分かってるつもりだ。けど、心配するな。どんなことがあっても、例え本当に叔父貴たちがここへやって来ても、俺が全力で守る。約束する。だから――」 「そうじゃねんだ……!」 「――冰?」 「……そうじゃ……ねえんだ。叔父や川西のことも……気にしてないわけじゃない。けど……だけど俺は……それだけじゃなくて……」 「何だ? 何でも言えよ。遠慮しねえでいいんだぜ」  氷川は冰を不安がらせるまいと、やさしく髪を撫でながらそう言った。

ともだちにシェアしよう!