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第205話
二人の間で声が遠く近くに歪み、揺れる。
背中と胸とがこんなにもぴったりと寄り添っているのに、まるで手の届かない夢幻のようだ。水面に浮かんだ月を手に取って掴むことができないように、すぐ目の前にあるのに触れることさえ叶わない。息遣いを感じるほど傍にいるのに、遠く、遠く――果てしなく遠くにいるようで心が砕けそうだ。
ガクガクと身体が震え出すのがとめらない。無意識にあふれ出す涙もとめられない。
「呆れるだろ? 俺はお前にゃふさわしくねえ。好き勝手に暴れることしか脳がねえ。下 もだらしねえ最低野郎だ……! それでも――こんな俺にでも何か役に立てることがあるんなら――悪いことばっかりしてきたからこそ、お前を狙ってる奴らに対して少しでも盾になれるかも知れねえ。そうやって自分を正当化したつもりでいたけど……よくよく考えりゃ、これだって言い訳なんだよな……」
そう告げる氷川の声音が苦しげだった。今にも泣き出しそうなくらい、か細く切ない声音が耳に痛い。まるで悔恨と痛恨の入り混じったような告白だった。
「お前を守りてえから――そうやって理由をつけてお前をここへ呼んだ。確かにそれもまるっきりの嘘ってわけじゃねえよ。叔父貴たちにお前をさらわれたりしたら堪んねえ、それは本当だ。けど、こんな状況下だってのに、心のどっかでお前と暮らせることを喜んでる自分がいる――。今だってお前の気持ちを聞いて……めちゃめちゃ舞い上がってる自分がいる。資格がねえだの抜かしながら、俺は……俺はさ……」
氷川もまた、自らの心の内をすべてさらけ出すかのように、冰を抱き締めたままで取り留めのない告白を続けた。
「怖えんだよ……俺もすっげ苦しいんだよ……! 今だって……ちょっとでも気を許せば、何しちまうか分かんねえ……。どうせクズなんだから……いっそ、とことんクズに成り下がって――力づくで踏みにじってでもお前を自分のモンにしちまえばいいって、そんな気持ちを抑えるのに必死なんだ……」
「白……っ……」
「……ッ、他のことでも考えてなきゃ……わざと平気なふりでもしてなきゃ……お前をめちゃくちゃにしちまいそうで――怖えんだよ」
まるで魂の叫びのような訴えに、冰はもう涙をとめることができなかった。
「いいよ、俺……。アンタにだったら何されても……いい! ていうより……して欲しい……! その代わり……」
冰は氷川の腕の中でモゾモゾと忙しなく動き、互いを見つめ合うように向き直ると、熟れる程に頬を紅潮させながら、潤んだ瞳で訴えた。
その代わり――
「もう好きでもない女の子と付き合ったり……そういうの……するなよ。ずっと俺だけと……その……そういうことは……俺とだけだって……」
約束してくれ――!
しどろもどろになりながらも懸命に訴える。そんな冰の愛し過ぎる言葉に、氷川は心臓を鷲掴みにされたかのように全身を震わせた。
――まるで身震いのような震えがとまらなかった。
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