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第206話
「……いい……のか? 俺なんかで……本当に……」
そう訊く声も震えたままだ。
「”なんか”……なんて言うな……。アンタは自分でワルだって言うけど、俺は自分の目で見て自分の心で感じたアンタを信じるよ。アンタは優しい。アンタはあったかい人だ。白夜……俺はアンタのことが……」
好きなんだ――!
そう、そうなのだ。こんなにも苦しくて、こんなにも切ない。だが求めずにはいられない。これが恋の感情なのだということを本能で感じていた。
「アンタと一緒に暮らせて嬉しい……アンタとこうして一緒にいられてすげえ嬉しい……。俺、頭ん中ぐちゃぐちゃで……すっげドキドキしてて上手く言えねえけど……本当に俺――」
その言葉を最後まで聞き終わらない内に氷川は冰を抱き締めた。堪らずに抱き締めた。
抱き締めながらその額に唇を押し当てる――
どこもかしこも愛しいという気持ちを抑え切れずに方々に口付ける。しばしの抱擁の後、どちらからともなく互いを見つめ合い――まるで引き寄せられるように唇と唇を重ね合った。
ほんの僅かに軽く触れるだけのキスだった。
「冰――あんま俺を甘やかすな……。じゃねえと俺……」
いい気になっちまう――
自分の犯した罪も反省も後悔も、そして自分に課した戒めも――すべて分かっているのに幸せを望みたくなってしまう。目の前にある愛しさに全力で向き合いたくなってしまう。
額と額をピッタリとくっつけ合ったまま、氷川は言った。
「冰――、俺、努力するよ。お前の傍にいても恥ずかしくないような……お前にふさわしい奴になれるよう努力する。これからはもうくだらねえ喧嘩はしねえようにする。一之宮にしたような……人の尊厳を踏みにじるようなこともぜってえしねえ……!」
「……白夜」
「お前だけだって……誓うよ。俺はお前が……」
好きだ――
その言葉に代えて、氷川は冰に口付けた。今度は軽く触れ合うだけの飯事のような口付けではなく――唇を押し開いて舌先で歯列を撫で、唇全体で包み込み吸い上げるような濃く深いキスだ。
冰はぎこちないながらも必死になってそれを受け止めようと頬を染める。氷川は貪る如くその初々しい動きを追い、求め、包み込み――愛しい気持ちを洗いざらいさらけ出すように激しく激しく口付けた。
夢中で求め合う互いの心臓はこれ以上ない程に早く激しく脈を打ち、抱き合った胸板と胸板を通してはちきれんばかりの互いの高揚を伝え合い――
「冰……、俺こんなん初めてだ……何か、余裕……全然ねえし……」
(すっげドキドキしてカッコ悪りィけど……。めちゃめちゃ感じてる……。背筋も、胸も……身体中がゾクゾクして……どうにかなっちまいそうだ……!)
それは氷川にとって初めて体験する感覚だった。今まで遊びで付き合った女たちとの行為でも、感じたことのなかったこの感覚――
これが心を伴わない身体だけの繋がりなどではなく、心底愛し求める相手とだけ得られる幸せの感覚なのだということを、身をもって痛感した瞬間だった。
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