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第212話

「正直、あいつらと昇降口とかで鉢合わせんのも億劫でさ……時間ずらして帰ったり……マジで情けねえ話なんだけどよ……」  そう訴えてくる者の中には、今までは割合中心的存在で、桃陵の中でも持ち上げられていたような連中もいる。 「そんなに酷えのかよ?」氷川は訊いた。 「ん……。ホントか嘘か知らねえけど、あいつら……族と繋がってるって噂も聞くしよ」 「族――?」 「うん。頭気取りしてる早瀬ってヤツの兄貴が入ってるとか入ってねえとか……」  しょぼくれたようにしてうなだれるクラスメイトたちを前に、氷川は何ともいい難いような表情で溜め息の出る思いでいた。 「けど、やっぱ氷川はすげえよ……な。後藤が絡まれてんの見て、即行飛んでってくれたじゃん」 「俺らもホントは止めたかったんだぜ……? 止めてえけど……そこまで勇気がねえっつか……」  皆一様に言葉少なでうつむき加減――、重苦しい雰囲気が教室中を包み込む。 ――と、そこへ弁当を買いに行かされた後藤が戻ってきた。 「後藤!」 「大丈夫だったか!?」 「あいつらはどうしたんだ? 弁当は届けたのか?」  皆が一斉に声を掛けたのに、当の後藤は酷く驚きつつも、気に掛けてもらえたことが嬉しかったのだろう。今にも泣きそうな顔の中にも安堵の色が見て取れる。 「皆……ありがとう……。弁当は……何とか買えたから良かったんだけど……」 「銭は足りたのかよ?」 「ん……今日はギリギリ足りた……けど、次はもう……。俺、このところ母さんの財布から金盗んでて……。けど、もうこれ以上はムリっていうか……そういうの、もうしたくなくて……」  ブルブルと震えながら涙まじりに言う後藤に、皆も他人事とは思えない表情で苦しげだった。今は、たまたまおとなしい後藤に目を付けられているというだけで、いつ自分たちの身に降り掛かってきてもおかしくない災難なのは事実だ。  悔しいながらも楯突く勇気もないことが歯痒くて仕方ない。誰もが唇を噛み締める思いでいるのは明らかだった。  そんな中、後藤が蚊の泣くような声で言った。 「あの……氷川君……。さっきは……ありがとう。俺、嬉しかった……本当に……」  その言葉にクラス中が水を打ったように静まり返る――  悔しさとも切なさとも、言い表しようのない気持ちが波紋のように広がってゆく。  一人、また一人と同調していくかのようだ。  誰もが自分の勇気の無さを恥じ、ここ数日、氷川や後藤に対して自分たちが取ってきた態度を悔やむように拳を握り締め――  誰一人、言葉にこそ出せずにいたが、皆の心に小さな灯りが点り始めたのを、一様に感じ合った瞬間だった。

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