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第213話
それから数日は平穏な日々が続いた。
氷川に対するクラスメイトたちの雰囲気も、すっかり停学を食らう以前に戻って和気藹々だ。不良連中に使いっ走りにされていた後藤も同様で、特に誰も絡んではこない。それは他のクラスでも違わずで、後藤のように目を付けられていた連中にとっても同じだった。
氷川が後藤を庇って以来、昼の弁当を買いに行かされるという事件は起こっておらず、また、その他にも金を揺すられたりする事例も息を潜めたように収まりを見せていた。
本来、喜ばしいことではあるが、反面不気味でもある。例の早瀬引き入るグループが、ここ数日はすっかりナリを潜めているというのは、何か良からぬことの前兆のようで焦燥感が拭い切れない。事件が起こったのは、そんな或る日の放課後のことだった。
「大変だ! 後藤が……ッ、後藤が連れて行かれちまった……!」
ホームルームが済んでしばらくの後、皆が帰り支度で賑わっている教室内に狂気のような叫び声が響いた。バタバタと蒼白な表情で、三人のクラスメイトたちが飛び込んできたのだ。
「い、今……帰ろうと思ったらよ、昇降口で後藤が例の早瀬たちに絡まれてるのが見えて……!」
「氷川! 良かった、まだ帰ってなかったか! やべえよ……! あいつ、奴らに引き摺られるようにして連れてかれちまった……」
ちょうど教室を出ようとしていた氷川の元へなだれ込むようにして彼らが息を上げながら集まって来た。
「連れてかれた!? 何処へ?」眉根を寄せながら氷川が問う。
「た、多分……元の部室……! ほら、今年の夏休みあたりに取り壊しになるとか言われてる……。校門とは反対方向に行ったから……おそらくあそこだ」
その場所なら氷川も知っていた。少し前に体育館の補修工事が行われた際に部室も新設され、旧部室は取り壊しになると言われているのだ。しかも、新しいものが建ったお陰で人の目には付きにくい――不穏なことをするにはもってこいの場所だ。
「ほら、この前……後藤と同じようにパシリにされてたヤツがボコられたって言ったろ? そん時もあの部室でやられたって聞いたし……」
「クソッ……! 何てこった!」
氷川は鞄を置くと、急ぎ足で教室を出て行こうとした。
「ちょ……! ちょい待ち……ッ! 行くのかよ、氷川……」
「――ったりめえだろ! 後藤一人にしておけるか!」
クラスメイトたちが次々と氷川の元へと駆け寄っては、心配そうに表情を曇らせる。
「けど……気を付けろよ……。多分、これは……罠だ」
「罠――?」
「多分だけど……あいつら、お前が戻って来てから……幅効かせられなくなったんで、その腹いせなんじゃねえかと思う……」
「そうだよ! 後藤を拉致れば、必ずお前が助けに来るって……ぜってえそれ目的に決まってる……」
「それを証拠に、俺らに気が付いてんのに……ニヤニヤ笑ってたし……」
皆が次々にそう口走る。氷川は更に険しく眉根を寄せると、
「――だったら尚更だ」
皆の懸念を無視して、一目散に教室を飛び出して行った。
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