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第215話

 早瀬らは、ますます面白がるように後藤を突きながら言った。 「てめえは氷川を釣る為の餌だからな。てめえが俺らに連れてかれたって知れば、必ずあのバカは来るって!」 「……ったくよー、あいつが停学ンなって清々してたってのよー! しっかり戻って来やがって!」 「ホーント! あのクズ野郎、桃陵の頭だなんて崇められていい気になりやがってよ! 街中でちょーっと他校の奴らに絡みゃ、あいつが出てきて英雄気取りだしよ。カツアゲはするな、パシリにするなって、まーったくウゼえったらねえよ」  これまで下校途中の街中などで、自分たちよりも弱そうな連中を見つけては、突っついたり金を巻き上げたりしてきた早瀬らだが、運悪く氷川に鉢合わせることも少なくはなかった。  その度に巻き上げた金を返してやれと取り上げられ、苦汁をすする思いをしてきたのだ。  逆に、救われた者たちは氷川に恩を抱き、尊敬の眼差しを向ける。早瀬らには最低のクズ集団というレッテルが貼られる。誰かが言葉にしてそう言ったわけではないが、そんな雰囲気が浸透していくようで、腹立たしいことこの上なかったというわけだ。 「氷川のことは前々から勘に障って仕方なかったんだよなー!」 「ほんと! いつかブチのめしてやりてえって思ってたけどよ! 今がその機会(チャンス)ってやつだろ!」 「あの野郎、停学明けてからいっつも独りでいるみてえだしな。頭が早瀬に交替したってのは、もう桃陵中に伝わってるしな。今までヤツを取り巻いてた連中も離れてってるみてえじゃん」 「そうそ! 今まではヤツにも一応は取り巻き連中がいたんで、なかなか手が出せなかったけどよ。周りの連中も離れてったことだし、ヤツ一人ならどうとでもなるじゃん! なあ?」  つまりは今が絶好の機会と踏んだのだろう。早瀬らはすっかり周囲が氷川を見放したと思い込んでいるようだった。 「なのにこの前はまた出しゃばったマネしやがって!」 「この後藤とかいうヤツを救うところを見せ付けて、クラスの連中に威厳を示したかったんじゃねえの?」 「あーははははっ! すっげ! ンなことしたって桃陵の頭を取り戻せるわけねっつのになあ!」 「ほんっと、バッカなヤツ!」  言いたい放題である。  後藤にしてみれば、先日弁当を買いに行かされる際に、迷わず仲裁に入ってくれた氷川をそんなふうに言われるのは堪らない。汚い言葉での詰り放題を聞いているだけでも、涙が出そうになる。  かといって、今この場で彼らに逆らうことなど到底できっこない。  後藤は、そんな自分を情けないと思うと同時に、誰かに対してこうまで酷い言葉で詰れる早瀬らが怖くもあり、身の縮む思いでいた。

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