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第216話

――と、その時だった。いくつか並んでいる部室の端の方から、扉を開けたり閉めたりする音が聞こえてきた。忙しなくバタバタと逸ったような調子で、誰かの足音も近付いてくる。 「後藤! 後藤、いねえのか!」  足音と共にその叫び声が聞こえて、後藤は驚いたように瞳を見開いた。 「ほーら、言った通りだろ? 氷川のヤツ、お前を捜しに来やがった」  早瀬らは得意げだ。 「ま、まさか……そんな……俺は氷川君とはそんなに親しく……な」  そう、普段から交流はおろか、クラスの中でもタイプの違い過ぎる氷川と後藤ではしゃべることさえ稀な仲だ。そんな氷川が本当に自分を助けにやって来るとは思いもよらずに、後藤は信じられないといった顔付きでいた。 「後藤! 何処だ、後藤!」  叫び声が近付いてくる。間違いなく氷川の声だ。 「そんな……どうして……」俺なんかの為に――後藤はハラハラとした顔付きながら、震える肩先を両腕で抱き締めるようにしながら、声の主の方を見つめた。 「後藤!」  勢いよく扉が開かれる――。  そこには余程急いで来たのだろうか、ハァハァと息を上げた氷川がたった一人で飛び込んで来るのが分かった。 「ひ、氷川君ッ……!」  裏返った声で咄嗟にそう叫ぶと共に、思わず彼に向かって走り寄ろうと後藤が無意識に一歩を踏み出す。――が、それを制止するように、早瀬の仲間らが両脇から後藤の腕を掴み上げて拘束した。 「おおーっと! 勝手に動いてんじゃねえよ!」 「誰が解放するっつったよ!」  頭をこづかれ、足には少々強めの蹴りを食らって、後藤は怯えたように「ひぃ!」と言って身を縮める。その様を目にした氷川が、思い切り眉根を吊り上げた。 「てめえら――後藤を放せ。今すぐだ!」  怒鳴るとまではいかないながらも、険しい口調で氷川は言った。  視線は鋭く、だが怒りに震えているといったわけではなく、どちらかといえば落ち着いているといえなくもない。 「は――! 何カッコつけてやがる! 英雄気取りしやがって!」  早瀬自らがチッと舌打ちと共にそう吐き捨てた。正直なところ、大声で『何しやがる』くらいの勢いで焦る氷川の様子を嘲笑うつもりでいたというのに、鼻っ柱を折られた気分なのだ。  と同時に、予想外に落ち着いた氷川の態度に不気味さを感じざるを得ない。 「後藤を放して今すぐここから帰せ。てめえらの目的は俺だろうが?」  落ち着き払った声で言う氷川の腹の内がまるで読めない。  早瀬らは六人、対して氷川は一人だ。後藤を足せば六対二だが、ハナから数には入らないだろうし、氷川にとっては足手まといになるだけだろう。  それなのに焦りさえ見せないこの態度――早瀬にとっては、得体の知れない威圧感が勘に障ると共に、ゾクリと背筋に寒気が走るような心地だった。

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