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第218話

 そういえば、他所のクラスの誰だかを木刀で袋叩きにしたらしいとクラスメイトが言っていた。  そんなことを思い出しながら、氷川は僅か苦笑と共に腹を据える。さすがに木刀で殴られれば堪えるだろうが、ここで手を出せば後藤にも危険が及ぶかも知れない。  ここはおとなしく耐えるしかない――そんなふうにでも思っているのだろうか、微動だにしない氷川の内心が読めないことで、早瀬らはますます憤ったようにして木刀を振り上げた。  ドス――という鈍い音と共に先ずは背中から一撃が加えられる。次に他方向から別の一人が脇腹目掛けて一撃を振り下ろす。そしてもう一撃、今度はその逆方向から――といったようにして、数人が一斉に叩き付ける。  その衝撃で、氷川が床に突っ伏すように姿勢を崩したのを見て、一同はホッとしたように表情を緩めた。  いくら蹴りを入れようが、全員で取り囲もうが、焦りさえ見せない氷川に、少しの恐怖めいたものを感じていたのは否めなかったようだ。ようやくと攻撃の効果が現れたことに安堵したわけか、それまではなるたけ遠巻きの姿勢で足蹴りだけを繰り出していた連中が、調子付いたようにしていよいよ氷川の胸倉を掴み上げた。  そして、思い切り張り手を食らわし、拳で頬を殴り付け、合間には蹴りを入れ――少しでも氷川が受け身の姿勢を取らんとすれば、それを叩き潰すかのように木刀での一撃を加える。まるで蛸殴りのような状態がしばらく続いた。  部屋の隅では後藤が頭を抱えて目を瞑ったまま、腰が抜けたようにして悲鳴を上げていた。自分の代わりに氷川が殴られているのだと、頭では重々承知していても、恐怖に身体が硬直して動けないのだ。時折、「氷川君、氷川君」と涙声で呟きながらも、参戦はおろか、どうすることもできずに震えているしかできない。後藤にとっては、ボコボコという殴る蹴るの音を聞いているだけで、今にも気を失ってしまいそうなくらいの地獄絵図だった。 「……ぐッ……ぅッ」  終には限界を迎えたわけか、苦しげな呻き声と共にガクりと長身の身体が床に投げ出される。それを見て取った早瀬らは、ようやくと攻撃をやめると、ノビてしまった氷川を取り囲んで、その様を嘲笑うかのように靴底で頭を踏み付けた。 「は――ッ! なーんだ、氷川なんて大したことねえじゃん!」 「ほーんと! こんなんでよく今まで”頭”だなんていえたもんだわ!」 「ざまあねえっつか、拍子抜けっての? もうちょい根性のあるヤツだと思ってたけどな」  ガハハハと、下卑た高笑いが狭い部室の中に響き渡る――。 「ついでだから、もうちょい遊んでやっか」  ノビてしまったとはいえ、まだ苦しげに顔を歪めながらも意識はあるような氷川の胸倉を掴み上げ、張り手を食らわせんとしたその時だった。  ドガッ――という激しい轟音と共に、部室の扉が蹴破られたのに、一同はギョッとしたように動きをとめた。

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