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第219話

 夕刻少し手前――午後の逆光の眩しさの中に浮かび上がった長身の影。  その男を見た瞬間に、誰もが驚いたように顔色を失くす――。  そこには一学年下の春日野という男が、険しい表情で睨みを据えながら立っていた。 「て、てめえ……二年の春日野……ッ!?」 「な……何しに来やがった……」  焦って後退る勢いの一同を横目に、春日野は床に転がされている氷川の姿を一瞥すると、有無を言わさず早瀬に向かって重いストレートの拳を放った。 「ぐわッ……!」  仲間たちの上に将棋倒しになるようにして早瀬が吹っ飛んだ。 「な……ッ、何しやがる……!」  誰かがそう叫んだが、春日野は氷川を庇うように彼の前へと歩み出ると、鋭い視線で一同を睨み付けた。 「まだやりますか? こっから先は俺が相手になりますけど――」  まるで地鳴りのするような低く重い声音が、狭い部室の中に落とされる。  と、その直後、春日野の後を追うようにして、氷川と後藤のクラスメイトたちが大人数で駆け付けて来た。 「氷川ッ……!」 「後藤! 大丈夫か!?」  狭い部室の中が男たちで溢れかえる。皆で氷川を抱き上げながら、怒りに満ちた視線が早瀬らに向けられる。春日野に重い一撃を食らった早瀬当人は、既に何が起こったのかさえ分からないといった状態で、呆然としながら頭の中は真っ白っといったように硬直状態だ。 「い、行くぞ……」 「あ、ああ……」  勝機はないと踏んだのか、早瀬の両腕を皆で抱え上げると、逃げるようにその場を去って行った。 「氷川ッ……! 大丈夫か!?」 「おい……起きられるか? 酷え怪我じゃねえか……」  氷川の頬には赤黒い痣が浮かび上がり、唇の端からは血が滲んで、額も切れているのか血だらけだ。五、六人で抱えるようにして氷川を起こすも、ぐったりとして力が入らないといった状態だった。  そんな氷川の元に、床を這いずるようにして後藤が泣きながら近寄ってきた。 「ひ……っ、氷川君……! ごめ……ッ、ごめんなさ……ごめ……ッ」  言葉にならないのか、後藤は氷川の前で土下座をするようにして泣き崩れてしまった。  それを見ているクラスメイトたちも苦しげだ。後藤を庇った氷川のことも、泣き崩れる後藤自身のことも、どちらの気持ちも手に取るように分かる。  切なさと歯がゆさと悔しさと――ありとあらゆる感情に誰もが苦渋の思いでいた。 ――と、氷川を抱きかかえている一人が、絞り出すような声で言った。 「……んで……? 何でお前がこんな……ッ、あんなやつら、お前がちっと本気出しゃ、屁でもねえだろうに……!」  見たところ、早瀬らは誰も怪我一つ負っていないふうだった。ということは、氷川は反撃すらしなかったということだ。  クラスメイトのひと言は、何故こんなになるまでやられっ放しでいたのかと、悔しげな思いを吐き出すようだった。

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