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第220話

「……買い……かぶりだ……。俺は……ンなに強えわけ……でもねえ……」  クラスメイトたちに支えられながら、ようやくと氷川が口を開いた。その声は途切れ途切れで、如何にも苦しげだ。  だが、氷川の表情には僅かながらも笑みが浮かべられている。まさに苦笑というそれだった。 「そんな……ッ! おめえは強えじゃねえか!」 「そうだよ! 俺らは……いっつもおめえの背に隠れて……イキがってるだけだってのは認めるけど……おめえは違う! あんな奴らにやられるわけねえだろ……!」  クラスメイトたちは心底悔しげに、ともすれば泣きそうになりながらも次々とそう言った。 「違うでしょ、氷川さん――」  ふと、それまで黙ってそこに立っているだけだった春日野が口を開いた。自らのハンカチを取り出し、皆に抱きかかえられている氷川の前へとしゃがみ込み、額を覆う血痕を拭いながら真っ直ぐに氷川を見つめる。 「先輩方の言うように、あんな奴ら、あなたにかかれば容易く沈められたでしょう? けど――もしあなたがヤツらをヤっちまったら、また同じようなことが起きる。今度は他の誰かが拉致られてボコられる。あいつらはそういう奴らですよ」  春日野の言葉に、一同は驚いたような表情で静まり返ってしまった。 「だからあなたはわざとヤツらに手を出さなかった。あなたをボコれば、あいつらも一応は気が済むだろうと踏んだ。あなたが犠牲になることで、更なる被害者を出さない為に――そうでしょう?」  流血を拭いながら春日野はそう言った。 「……は、俺は……ンないいヤツじゃね……って。六対一じゃ……さすがに勝ち目はねえかって……思っただけ……だ」  氷川は苦笑と共にそう言ったが、クラスメイトたちは『そんなことはない』といったふうに、皆が揃ってブンブンと首を横に振った。  そして――ひと言、誰かが切り出した切実な思いが狭い部室にこだまする。 「取り返してくれよ……。桃陵の頭は……お前にしかできねえ……。あんなヤツらを頭だなんて認められるわけもねえ……! なあ氷川……! お前しかいねえだろ!」  絞り出すような声でそう言った一人に続いて、他の誰もが口々に同じことを叫び出した。 「そうだよ……! 氷川は……誰かが絡まれてたりすれば、それが例え知らねえヤツでも助けに入ってくれた……」 「街でカツアゲとか、そういうの見れば……すぐに飛んでってやめさせてくれた……」 「イキがってるヤツにも……氷川は自分から手出したり、汚えことはしなかった……!」 「それによ、ちょっと情けねえヤツのことだって……バカにしたりしねえし、そいつらが絡まれてりゃ、進んで『やめろ』って仲裁に入ってくれたじゃん……!」 「頭ってのは……そういうもんだろ……。本当の頭っていえるのは……お前みてえなヤツだろうが!」  誰もが涙まじりになりながら、氷川を囲んで口々にそう言った。

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