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第222話
そう紹介されたのが父親なのだろう。母親の方とはまた違って、穏やかで落ち着いた雰囲気だ。ロマンスグレーが混じってはいるが、男前の顔立ちは春日野によく似ている。
見れば、両親共に白衣姿であることから察するに、ここへ来るまでの間に春日野が既に連絡をしてくれていたということだろうか、氷川は申し訳なさそうに頭を下げた。
「世話お掛けして……すみません」
「いいのよ。何ていったって菫 の尊敬する先輩ですもんね」
「……菫……?」
「ええ、そう。春日野菫、あの子の名前よ」
春日野は菫という名なのか。今までは一学年下の後輩というだけで、特には口をきいたこともなかったので知らなかったが、どうやら春日野の方は家でよく氷川のことを話題にしていたらしい。
「あの子ね、本当は四天学園を受けるつもりでいたのよ。桃陵は家から近過ぎるからって言ってね。それが――受験直前になって、やっぱり桃陵にするって言い出して」
手際のよく処置を施しながら母親が言う。
「理由 を訊いたら、何でも桃陵に尊敬できる先輩ができたとかで、そっちに行きたいってね。それがあなただったようよ?」
氷川は驚いた。
春日野とは確かに家も近いといえばそうだが、中学も街区は別だったし、桃陵に入る前まで面識はなかったはずだ。
――と、そこへ替えの衣服を持って春日野自身が戻ってきた。
「お袋――また余計なことしゃべりやがって」
少々眉根を吊り上げながらも、春日野は照れ臭そうに弁明を始めた。
「でもお袋の言ったこと、本当なんです。俺が中学三年の冬のことでした。ダチと一緒に駅前のアーケード街に行った時、高校生が数人でカツアゲしてる現場に出くわしたんです」
どこの高校の生徒かは分からなかったが、絡んでいる側の数人は、見るからに素行不良といった感じで、制服はブレザーだった。絡まれていたのは彼らとは正反対の雰囲気の生真面目そうな生徒で、学ラン姿だった。
当時、春日野らは中学生だ。高校生の揉め事に首を突っ込んでいいものやら、迷っていたその時――一人の高校生が彼らの輪の中に突っ込んでいったのを見掛けたのだという。
「それが氷川さんだったんです。あなたはたった一人でしたが、通りすがりに彼らを見つけるやいなや、迷いもせずに飛んでいって、やめろと言った。ブレザー姿の連中は見るからにワルって感じで、当然あなたに食って掛かってましたけど、あなたは眼力だけで彼らを追いやってしまった。俺はその姿に感動して――あなたが桃陵生だと知り、受験を決めたんです」
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