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第224話
そうして、春日野の父親が車を出す為に地下の車庫へと向かっている間、玄関口で待っていた時だった。
「菫 ……!」
突如、後方から声を掛けられて、氷川と春日野はそちらを振り返った。見れば、学ラン姿の男が一人、驚いたような表情でこちらを見つめている。男は慌てたようにして駆け寄ってきた。
「菫……何か……あったのか……?」
どうやら氷川の怪我の様子に驚いたようで、酷く心配そうな表情には焦燥感が見て取れる。おそらくはこの春日野の知り合いなのだろう、『菫』と呼ぶ様子からしてもよくよくの仲なのだと分かる。そんな彼に、春日野が心配はいらないといったふうにして声を掛けた。
「竜胆 か。今、帰りか?」
「あ、ああ……うん。それより……その人……」
「この人は桃陵の――俺の先輩だ」
「先輩……?」
竜胆と呼ばれた男は氷川に向かってペコりと頭を下げながらも、未だ焦燥感でいっぱいといった様子だ。
「お前は……大丈夫なのか……? その……」
氷川の様子から、乱闘にでも巻き込まれたと思ったのだろう、男がそう訊いた。
「ああ、俺は何ともねえから心配すんな。今からこの人を送ってくる。帰ったらお前ン部屋に寄るから、心配しねえで待っとけ」
「あ、うん。分かった……。気を付けて」
男はそう言うと、再び氷川に向かって頭を下げ、隣の家へと入っていった。ちらりと表札を見れば、『徳永 』とある。
春日野は彼の後ろ姿を見送りながら、
「あいつ、隣に住んでる幼馴染みなんです」
そう言う視線がそこはかとなくやさしげだ。
「そうなのか――」
「ええ。学年も一緒なんスけど、ヤツは四天学園なんですよ。……ったく、昔っから心配性なヤツでね」
困ったもんです――そう言いたげにしながら、照れたように苦笑してみせるも、その頬には僅か紅が射している。そんな春日野の様子に、不思議と心温まるような気持ちにさせられる――。
もしかしたら彼らは、自分と冰のように、互いを大事に想っている間柄なのかも知れない――氷川は本能でそう感じていた。
「きっと俺の怪我を見て心配に思ったんだろう。すまなかったと伝えてくれ――」
「ありがとうございます。伝えますよ」
ちょうどそこへ父親が車庫から出てきたので、乗り込むとする。
「――大事にしてやれな」
聞こえるか聞こえないかのような小さな声でそう呟いた氷川に、車のドアを開けていた春日野が不思議そうに振り返ったのだった。
◇ ◇ ◇
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