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第226話

「白夜……具合はどうだ? 痛いとか、気持ちが悪いとか……何かあったら何でも遠慮せずに言ってくれな?」 「あ、ああ……。迷惑掛けてすまねえ。正直、身体中打撲だとかで、ちょっとだるいが……メシは食えそうだし心配いらねえよ」 「そう……。なら良かったよ……」  冰はほうっと深い溜め息をつき、そんな様子からは安堵したというのがあからさまだ。  氷川は彼の頭を抱き寄せると、 「心配掛けてすまない――」  そう言って、額へと口付けた。 「ん……本当に……無事で良かったよ……。アンタに何かあったら……俺……」  ギュッと暑苦しいくらいの勢いで抱き付いて離れようとしない冰の肩先が、僅かに震えている。そんな姿に心を鷲掴みにされると共に、堪らない愛しさがあふれ出すようでもあった。 「大丈夫だ。お前を一人にしたりなんかしねえから――」 「ん……うん……、約束してくれよ」  ヒシとしがみついてくる冰を、氷川は痛みを押しながらも目一杯の力で抱き締めたのだった。 ◇    ◇    ◇  ほんの少し前までは、こんなふうに誰かを愛しく想う気持ちなど知らなかった。  気の向くままに粋がって、周囲の者の気持ちなど、深くは考えることもなく、我が物顔で好き勝手に生きてきた。  失うものもなく、失ったら困るものがあるということにすら気が付かないままで、自由奔放だった。  そんな自分を悔やむと共に、深く反省の思いで胸が締め付けられる。氷川は冰という、自身にとってかけがえのない存在を得たことで、真田や邸の者、学園で共に学ぶ仲間たちといった大事なものに気付くことができた思いでいた。  自分はまだまだ未熟で、それら大切なものに対して全てが完璧に向き合えるとは思っていない。だが、これからのひとときひとときを軽々しく思わず、大切に歩んでいきたい――氷川はそう心に誓うのだった。  そして、先ずはこれから先、そう遠くない未来に目の前に迫り来るだろう苦難――今、この腕の中にある愛しい冰に降り掛かろうとしている災難に立ち向かわねばならない。  もうあと数日を待たずして、粟津が雪吹財閥を傘下に入れる日がやって来る。冰に危険が及ぶかも知れないのも時間の問題である。  大丈夫――絶対に……何があっても守り抜く。大切なこいつに指一本触れさせやしねえ――!  決意を新たにする氷川の瞳の中には、愛しい者を想う熱い炎と同時に、確固たる信念の焔がユラユラと渦巻いているかのようであった。 ※第2ステージ(氷川編)完結。次回から第3ステージ(雪吹編)です。

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