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第230話

「……キミ……確か……」  男たちは全部で四人――、彼らを見た瞬間に帝斗は驚いたようにして瞳を見開いた。 「つかさ、あんた、こんなトコで何してんだ? 今さっき、あんたと一緒にいたヤツ。あれ、桃陵の氷川じゃねえのか?」  最初に声を掛けてきた男の後ろから、ひょっこりと顔を出しながらそう訊いた人物にもおぼろげながら見覚えがあるような気がする。  しばしポカンとしたように硬直状態の帝斗に焦れたわけか、その男の脇に立っていたもう一人も同じようなことを口にした。 「血相変えてオートン拾ってったヤツだよ。ありゃ氷川だろ?」 「……オートン?」  聞き慣れない言葉に帝斗が首を傾げると、最初に声を掛けてきた男が注釈するように付け足した。 「タクシーのことだよ。つか、何かあったのか? 別に盗み聞きするつもりじゃなかったけどよ。えらく物騒な話が聞こえちまったもんで」  そう――彼の顔はハッキリと覚えていた。 「キミ、四天の……」 「一之宮紫月。あんたには新学期早々の番格勝負ン時に会ってんだけどな」  覚えてねえか? といったように苦笑しながら名乗った彼に、帝斗はほとほとびっくりしたといったように大声を上げてしまった。 「一之宮君……! ああ、やっぱりそうか……! もちろん覚えてるとも!」  この整い過ぎた綺麗な顔立ちと独特の雰囲気は忘れるはずもない。彼らはまさにあの伝統行事の時に顔を合わせた四天学園の一之宮紫月とその仲間たちだった。  普段、帝斗は自宅と学園までの間を運転手付きの送迎車で通っているので、こんな駅周辺の繁華街をブラつくことは非常に稀である。紫月たちにしてみれば、そんな帝斗と出くわしたことが珍しかったのだろう。誰もが少々意外だというふうな顔付きをしている。 「それより何があった。ヤクザがどうの、拉致がどうのと言ってたみてえだが――」  またしても別の男が口を開いてそう訊いた。  今までは黙って他の三人のやり取りを窺っているだけだった男だ。彼ら四人の中では唯一見覚えのない男の問いに、帝斗は瞳をパチパチとさせながらも、紫月らに向かって『彼は誰だい?』といったふうに首を傾げてみせた。 「あー、こいつも俺らのダチよ」 「この春から俺らのクラスに転入してきたんだ。そういや番格対決ン時にはいなかったわな」  紫月の両脇にいた男二人が口を揃えてそう説明する。  濡羽色(ぬればいろ)というくらい見事な黒髪に、珍しい濃灰色の瞳。彼ら四人の中でも一番長身と思われるその男は、妙に落ち着いた雰囲気で、ともすれば近寄り難いようなオーラをまとっている。一目で女たちが放っておかないだろうと思わせる男前ぶりだが、紫月のような”綺麗な男”といった印象ではない。もっと男らしいというのだろうか、何となく氷川に似た感がなくもないが、彼の方がもっと大人びているように感じられた。  その黒髪の男が無駄のない話し方で再び同じことを問う。 「――で、氷川は慌てて何処へ行った」 「あ、ああ。うん……実は……その――」  紫月らはともかくとして、初対面のこの男も氷川とは顔見知りなのだろうか――。  正直なところ、彼らにこの現状を話していいものかと迷わないでもなかったが、この黒髪の男に訊かれれば、素直に答えざるを得ないといった気分にさせられるから不思議だ。  彼らは氷川の通う桃陵学園とは因縁関係の間柄だと聞いてはいるものの、誰一人をとっても心底性質(タチ)の悪さといったものが感じられないというのも事実である。  しばし考え込んだ末、帝斗は自ら感じた彼らへの印象を信じて、思い切って事情を打ち明けてみることにしたのだった。

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