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第231話
「実は――僕の友人が厄介な事に遭っていてね。氷川君は彼を助けに向かったんだ」
「厄介な事?」
「って、何だよそれ」
人の好さそうな二人がそう訊く。清水剛 と橘京 である。帝斗は二人の名前こそ知らなかったが、顔だけは番格対決の時に確かに見た記憶があるので、何となく親近感を覚えていたのだ。
「キミらも知っているだろう? 例の番長勝負の時に僕が連れて行った友人さ。あの時、部外者の彼を見て、氷川君が怪訝そうにしてたヤツ」
「ああ! 思い出した! 確か楼蘭学園 のヤツだっけ?」
「俺も覚えてるわ! あのイケメン兄ちゃんか!」
剛と京がパチンと指を鳴らしながら盛り上がっている。その脇で、未だ落ち着いた声音で、黒髪の男が続けた。
「厄介な事ってのは何だ」
「あ、ああ。説明するとちょっと長くなるんだけれどね――」
「簡潔に教えて欲しい」
「あ、はい――」
帝斗にしては珍しく、主導権を握られてしまうような会話だ。ほんの二言三言話しただけでこんな雰囲気に陥ったのは初めてのことである。
大財閥の御曹司で、白帝学園の生徒会長を務める帝斗にとって、これまではどんなシチュエーションの時であっても自らが先導していくのが当たり前だった。それをいとも簡単に覆されたような展開に、しばし唖然とさせられてしまい、言葉が見つからない。だが、帝斗にとっては初めて体験する物珍しい雰囲気に、心が躍り出すような気持ちにさせられたのも事実であった。
『キミ、すごいね。この僕をこんな気持ちにさせるなんて――』そう言いたいのを一先ず置いておき、帝斗は素直に男の問いに答えてみせた。
「友人の名は雪吹冰、雪吹財閥の御曹司だ。冰の父親が病に倒れた後、社長代理を継いだのが冰の叔父に当たる男なんだけれど、これが無能でね。株でしくじって倒産の危機に追い込んだ挙句、社を立て直そうと知人の不動産会社社長に援助を頼んだ。だが、その社長ってのが両刀の色情狂だった。見返りとして冰を愛人に差し出せと言ってきたんで、我が粟津財閥が雪吹を吸収して難を逃れた。社は救われ、愛人の件もサラになるはずだった。だが、今日になって突然、冰が行方不明になってしまったんだ。氷川君は叔父様たちによって冰が誘拐されたのではないかと思い、助けに向かった。かなり大まかだけれど、こんなところさ」
散々な言い様だが、簡潔には違いない。帝斗の話を聞き終えた黒髪の男は、納得したように頷いた。
「なるほど、分かりやすい説明だ。それで――社が救われたなら、何故まだあんたの友人が狙われる?」
「冰の叔父様は財閥吸収と同時に社長代理の座を追われたからね。今は一文無しも同然で困窮している。あの色情狂の社長に、直接冰を売っ払って現金をせしめるつもりなんだろう」
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