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第234話
その頃、冰は叔父と川西が回した手の者によって無理矢理さらわれる形で、川西の別邸に連れて来られていた。まさに氷川の読んだ通りである。
一軒家ではあるが、周囲を高い塀で囲まれていて、その上、背の高い木々も植樹されており、外からは中の様子が窺えないような造りの邸であった。
氷川邸と比べれば、大して広いとはいえない応接間は、昼間だというのに灯りを入れなければ薄暗いような部屋だ。これも高い植樹のせいなのだろう。
その中央に置かれたソファには、ドカりと腰掛けた中年のでっぷりとした男――彼が川西なのだろうということは、訊かずとも理解できた。その彼の機嫌を窺うような形で遠慮がちに立っているのが叔父である。普段は横柄な叔父も、この川西という男には頭が上がらないのだろう、先程からモソモソと所在なさげにしている様子からしても、それは明らかである。
その二人に従うようにして周囲には屈強な面持ちの男が二人――。彼らは楼蘭学園で冰を拉致してここまで連れて来た男たちであった。風貌からして、とても一般人には思えない。恐らくは川西の息が掛かった裏社会の連中なのだろう。そんな男たちを前にして、冰は今にも心臓が飛び出そうな思いでいた。
と、呆れたような口ぶりで第一声を発したのは叔父であった。
「まったく! 家にも帰らないで雲隠れなんぞしやがって! お前を捜すのにどれだけの思いをしたと思っていやがるんだ! とんだ手間を掛けさせやがる!」
吐き捨てるようにそう言うと同時に、川西という男に向かってへりくだるように、叔父が愛想笑いをする。その川西はといえば、冰の容姿が相当気に入ったらしく、先程から満足げに下卑た笑いを携えていて、機嫌の良さそうにしている。冰を小馬鹿にする叔父のことさえ制するように、「まあまあ……」と言っては宥めているような調子だ。
一見、人の好さそうに見えるが、その笑顔の裏にどす黒いものが渦巻いているようで、冰は肝が縮む心地がしていた。
「とにかくは冰、お前は今日からこちらの川西様のお宅で暮らすんだ。本来だったら一ヶ月も前にそうすべきお約束をしていたというのに……お前ときたら、平気で反故にしようとしてくれて……! 本当にふざけた甥だよ。その分、川西の社長様によーく躾直していただくんだな」
叔父はまたもや汚い言葉でそう詰ると、川西に向かって『後はお好きにしてください』といったふうに平身低頭で愛想笑いを繰り返す。
「では社長、私はこれで――。甥のことをよろしくお頼み申します」
そう言うと同時に、逸った様子で床にあったアタッシュケースを手にし、そそくさとこの場を後にしようとした。冰はそれを目で追いながら、恐らくはそのケースの中身は現金なのだろうと思い、ギュッと唇を噛み締めた。
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