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第235話
「叔父さん、待ってください!」
冰は思い切って――という表情で叔父を引き留めると、川西も含めたこの場の全員に向かって言った。
「……僕は……こちらで暮らすつもりはありません――」
冰のひと言に、叔父の方は滅法驚いたといったふうに眉根を寄せると、途端に険しく表情を歪めながら「何だと!?」そう叫んだ。
冰は一瞬ひるんだようにビクッと肩を竦め――だが、すぐに震える声を抑えながらも自らの気持ちを懸命に言葉にしてみせる。
「……雪吹は……粟津財閥の傘下になったことで倒産は免れました。ですから……もう僕がこちらでお世話になるというお話はなくなったものと心得ています」
時折声を震わせながらも気丈な様子でそう言い切った冰に、叔父はもとよりその場にいた全員が少々面食らったように目を剥いた。
「こ……このガキ……生意気を抜かすんじゃない! よくもそんなふざけた口がきけたもんだな……!」
叔父は川西の機嫌を損なうのが心底心配なのだろう、額に青筋を立てながらワナワナと声を震わせている。
「だいたい……! お前が粟津財閥の小倅 をそそのかしたんだろうがッ!? 粟津なんぞに世話にならなくたって、こっちは社を立て直す算段はちゃんとついていたんだ! この川西様が……雪吹の名を残したままお助けくださると名乗りを上げてくだすったというのに……それをまんまと粟津の傘下なんぞにされおって!」
叔父は頭に血が上ったようにして冰の胸倉を掴み上げると、茹で蛸のように顔を真っ赤にしながら怒鳴り上げた。
「……ッ、何も分からんガキのくせに……出しゃばったマネしやがって! これ以上生意気抜かしやがると承知しねえぞっ!」
掴んでいた胸倉を離すと同時に、叔父は床へと突き飛ばす勢いで冰をド突いた。
「まあまあ、雪吹さん、その辺にしておきなされ」
興奮した叔父を宥めるようにそう言ったのは川西だった。
「冰君といったかね? 随分と気概があるのは結構なことだが――私にも面目というものがあってね。キミの叔父上とはすっかり話がついていたというのに、突然他所 の企業に横槍を入れられたお陰で、今や私は世間じゃいい笑いものだ。聞けば粟津財閥というのは、キミのご学友の家だそうじゃないか。キミらが好き勝手してくれたお陰で、潰された我々大人の立場というものも考えて欲しいのだがね」
言葉じりこそ丁寧ではあるが、川西の目は笑っていない。声にも凄みがあり、まるで脅しのようにそう言われて、冰はさすがに身体中に震えが走るのを抑えられなかった。
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