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第236話

「……確かに……社長様が社を立て直すお力添えをしてくださるというお話は……叔父から聞いて……存じておりました……。ですが……」 「そう、叔父上とはすっかり話がついていたのだよ。それを何の相談もなく急遽反故(ほご)にされた私の立場も考えて欲しいものだ。世間の笑いものにされたツケは、キミ自身で払ってもらうしかないんじゃないのか?」 「……そんなっ……」 「キミだってもう高校も三年生だ。そのくらい分からん歳じゃないだろう」 「……それは……せっかくのご助力をお断りするような形になったことは……申し訳ないと……思っています……。ですが僕は……」 「申し訳ない――で済むようなことじゃないのだがね?」  言葉を交わす毎に、徐々に凄みを増してゆく川西の声色に追い詰められるように、冰は身体中の震えがとめられなくなっていった。 「社長様――とにかく僕は……こちらのお宅でお世話になることはできません。すみませんが、帰らせていただき……」  震えながらも(きびす)を返さんとした冰の行く手を塞いだのは、冰をここへ連れて来た二人組の男の内の一人だった。 「すみません、通してください……!」 「冰君、いい加減に悪あがきは止めたまえ。それに――キミの叔父上とは、既に話がついているのだよ」  川西は冰の叔父の方をチラリと見やると、クイと顎先で叔父の抱えるアタッシュケースを指してみせた。  帰ろうと思えども、目の前には屈強な男が立ちふさがって身動きがとれない。冰は焦りを鎮めようとギュッと拳を握り締めた。 「お金ですか……? その鞄に入っているのはお金ですよね? 叔父さんはお金で僕を売ったということですか!?」  冰は押し潰されそうな気持ちを奮い立たせて、叔父と川西に向かってそう訊いた。すると川西は思いきり小馬鹿にしたようにして、下卑た笑い声を上げた。 「ちゃんと分かっているじゃないか。その通りだよ」 「そんなッ……」 「キミが勝手に粟津財閥とやらに社を売ったんだ。お陰でキミの叔父上は社長の座を追われ、私は笑いものにされた。このツケはキミが払って当然だろうが。それに――キミがあまり物分かりの悪いようなら、叔父上や私だけでなく、他の人々にもご迷惑になると思うのだがね?」 「……他の人って……どういうことですか……?」  まさか、他にも何か理不尽な企てをしようとでもいうわけか。 「まあ、私とてそんなことはしたくはないがね。例えばキミが今住んでいるのは氷川貿易の社長宅だったかね? 氷川家とはどういった繋がりがあるのか知らないが、あのお宅の皆さんにご迷惑を掛けるのは、キミとしても本意ではないだろう?」  ニヤリと口元をひん曲げた川西に、冰はゾッと背筋が寒くなるのを感じた。

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