236 / 296
第236話
「……確かに……社長様が社を立て直すお力添えをしてくださるというお話は……叔父から聞いて……存じておりました……。ですが……」
「そう、叔父上とはすっかり話がついていたのだよ。それを何の相談もなく急遽反故 にされた私の立場も考えて欲しいものだ。世間の笑いものにされたツケは、キミ自身で払ってもらうしかないんじゃないのか?」
「……そんなっ……」
「キミだってもう高校も三年生だ。そのくらい分からん歳じゃないだろう」
「……それは……せっかくのご助力をお断りするような形になったことは……申し訳ないと……思っています……。ですが僕は……」
「申し訳ない――で済むようなことじゃないのだがね?」
言葉を交わす毎に、徐々に凄みを増してゆく川西の声色に追い詰められるように、冰は身体中の震えがとめられなくなっていった。
「社長様――とにかく僕は……こちらのお宅でお世話になることはできません。すみませんが、帰らせていただき……」
震えながらも踵 を返さんとした冰の行く手を塞いだのは、冰をここへ連れて来た二人組の男の内の一人だった。
「すみません、通してください……!」
「冰君、いい加減に悪あがきは止めたまえ。それに――キミの叔父上とは、既に話がついているのだよ」
川西は冰の叔父の方をチラリと見やると、クイと顎先で叔父の抱えるアタッシュケースを指してみせた。
帰ろうと思えども、目の前には屈強な男が立ちふさがって身動きがとれない。冰は焦りを鎮めようとギュッと拳を握り締めた。
「お金ですか……? その鞄に入っているのはお金ですよね? 叔父さんはお金で僕を売ったということですか!?」
冰は押し潰されそうな気持ちを奮い立たせて、叔父と川西に向かってそう訊いた。すると川西は思いきり小馬鹿にしたようにして、下卑た笑い声を上げた。
「ちゃんと分かっているじゃないか。その通りだよ」
「そんなッ……」
「キミが勝手に粟津財閥とやらに社を売ったんだ。お陰でキミの叔父上は社長の座を追われ、私は笑いものにされた。このツケはキミが払って当然だろうが。それに――キミがあまり物分かりの悪いようなら、叔父上や私だけでなく、他の人々にもご迷惑になると思うのだがね?」
「……他の人って……どういうことですか……?」
まさか、他にも何か理不尽な企てをしようとでもいうわけか。
「まあ、私とてそんなことはしたくはないがね。例えばキミが今住んでいるのは氷川貿易の社長宅だったかね? 氷川家とはどういった繋がりがあるのか知らないが、あのお宅の皆さんにご迷惑を掛けるのは、キミとしても本意ではないだろう?」
ニヤリと口元をひん曲げた川西に、冰はゾッと背筋が寒くなるのを感じた。
ともだちにシェアしよう!