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第238話

「私だって何も好き好んで彼を巻き込みたいわけじゃない。キミさえ素直に言うことを聞けば、白夜君は安泰だ。どうするもキミ次第なんだよ?」  絶対に嫌だと言えないように追い詰める。 「僕が……あなた方に従えば白夜には手は出さないということですか?」 「その通りだ。キミだって事を荒立てたくはないだろう?」 「…………」 「分かったら素直に言うことを聞くことだ」 「――お断りします」 「何――!?」  冰は、キッと川西を見据えると、決意のある声で言い切った。 「例え僕が白夜を救う為にあなたの愛人になったとしても……白夜は喜ばない。だったら僕は白夜と一緒にあなた方に立ち向かうことを選びます」  冰の目は真剣だ。どんな脅しにも揺るがないといった固い意思を伴っているかのようだった。  そうだ、例え氷川を救う為に自分が犠牲になったとしても氷川は喜ばない。  あの春の日に――新学期の番格対決で出会った時の彼の威風堂々とした姿が脳裏に浮かぶ。不良連中の頭と崇められ、桃陵の番格として君臨していた氷川白夜という男の――自分はその彼の唯一無二の恋人なのだ。  例え何があっても互いを裏切らず、互いを信じ、添い遂げる。それが冰にとっての誇りであった。 「僕は逃げません。白夜を裏切ることもしたくない。例えそれが……白夜自身を救う為だと言われようが、あなた方には屈しません。確かに彼は桃陵の番格と言われていて、大人から見れば品行方正とはいえないかも知れない。でも彼は僕にとって何より大事な友人です。彼が不良の番格ならば、僕は(あね)の立場と思っています。例え何がどうあっても――僕は彼を裏切るようなことはしません」  毅然とした態度でそう言い切った冰に、川西をはじめ、その場の全員が唖然としたように彼を見つめた。  正直なところ、大胆とも受け取れる言葉である。普段の冰にしては有り得ないような発言だが、裏を返せばそれだけ彼にとって今の状況が切羽詰まっているというわけだろう。言葉という”形”にして自らの誇りを己に言い聞かせることで、自分自身を失わないようにと必死だったのかも知れない。 「……は……! 何をバカな! 冰、お前さん、気でも狂ったのか!? 第一、”(あね)”ってのは何だ! それじゃまるで……お前と氷川の(せがれ)夫婦(めおと)みてえな言い草じゃねえか!」  叔父がアタッシュケースを抱き締めながらそう罵倒する。それに付け加えるように、川西も冰の胸倉を掴み上げると、 「は……! お前ら、男同士で付き合っているとでも抜かしやがるのか!?」  (つい)ぞ、遠慮なしに言葉じりにも本性を見せながらそう訊いた。 「……いけませんか? 僕は……恥じることなどしていません! 大事なものを大事だと言って何が悪いんですか!」 「は――! とんでもねえガキだな……。雪吹さん、正直私は耳を疑ったがね」  川西は冰の叔父に対して吐き捨てるように言うと、こう付け加えた。 「まあ、それならそれで構わん。どうやら甥御さんは既に男の味を知っているようだし――私としても猫を被らずともいいというわけだ。せっかく……少しは丁寧に扱ってやろうと思っていたが……もうその必要もねえってことだ」  川西は掴んでいた冰の胸倉を突き放しざまに、思い切りソファへと放り投げた。

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