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第5話
面白そうに嫌味を吐きながら、掴んでいた襟元ごと突き放すように手を離してみせた。そしてひとたび真顔になると、
「俺は桃陵の氷川だ。氷川白夜。覚えとけ」
不敵にそう言い放ち、『てめえも名乗れ』というふうに、顎先をクイと振るだけの仕草に代えてそう訊いた。ここまで言われれば致し方なくといったところなのか、
「――楼蘭の雪吹《ふぶき》」
ようやくと男が名乗った。すると氷川はひどく満足そうにニヤッと笑い、
「雪吹――何だ?」
下の名前の方は何だと言いたげに、再度顎をしゃくる。
「冰《ひょう》だよ。――雪吹冰《ふぶき ひょう》」
「ふぅん? またえらく冷てえ名前だな。覚えとくぜ、冰」
聞いた側から呼び捨てた上に、未だもってこの場から動こうとする様子もない。あまりにもこの冰に興味を示す氷川のことが気になったのか、粟津帝斗が二人の間に割って入り、面倒臭げに呟いた。
「あのさ、キミ。氷川君だっけ? どうでもいいけれど……別に部外者を連れて来ちゃいけないなんて決まりはないだろう?」
そんなことよりも早く勝負を始めてくれないかとばかりに、溜め息まじりのオーバーなゼスチャーまでたずさえて、帝斗は肩をすくめて見せた。
「ふん、さすがにダチ同士ってだけあって、てめえら口の利き方も知らねえ失礼な野郎だな。だが、まあ――」
この俺を前にして度胸のあるところは認めるといったふうに笑うと、素直に踵を返し、本来の対戦相手である一之宮紫月の元へと戻って行った。
◇ ◇ ◇
「待たせたな。覚悟は決まったのか?」
条件の変更は無い――余裕の上から目線でそう伝える。今しがたの、白帝学園の連中らとのやり取りで潰した時間は、まるで考える暇を与えてやったと言わんばかりだ。紫月の方は呆れをそのままに、思い切り侮蔑まじりで肩を竦めてみせた。
「何が『覚悟は決まったか』だよ。てめえも物好きなヤツだな? 俺とタイマン張ろうって時に、ぜんっぜん関係ねえ野郎にちょっかい掛けるとかさ。余裕ブッこいたふりしてんのか、それともナめてんのか知らねえけどよ? 案外――俺とヤるのが怖えんじゃねえの?」
何だかんだと理由をつけて時間を引き延ばし、タイマン勝負をうやむやにしようとしているわけかと言いたげに嘲笑する。そんな紫月の態度に、氷川はピクリと額に青筋を浮かべてみせた。
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