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第244話
「お前……何かされたのか……!?」
蒼ざめる氷川に、冰は千切れんばかりにブンブンと首を横に振ってみせた。
「大丈夫! 白夜が来てくれたから、助かった!」
そうは言うものの、シャツを裂かれている様子からして、既にいかがわしいことをされ掛かっていたということだろう。氷川はギリギリと音がするほどに唇を噛み締めた。
「あいつら……ふざけやがって……! とにかくここを出るぞ!」
川西らに重い灸を据えてやりたいのは山々だが、今はこの家から脱出するのが最優先だ。氷川は冰の手を取ると、床に突っ伏してもがいている男らをかいくぐって、この場を走り去ろうとした。つい今し方の蹴りと拳で、多少のダメージを負わせることができている――逃げるなら今がチャンスだ。そう思って、急ぎリビングの方へ戻ろうとした。――その時だった。
かいくぐるどころか、男ら二人に足首を掴まれて、冰が掴まりその場に転倒させられてしまった。
「冰……ッ!」
「白夜――!」
二人の間でスローモーションのように時が止まり、一気に焦燥感に襲われる。
「……こんの……ガキがー……!」
「舐めたマネしやがって……!」
苦しげにしながらも、何とか起き上がった彼ら二人に同時にド突かれて、氷川は咄嗟に冰を庇い、その腕を掴んだ。――が、今度は男らに背を向ける形となった氷川が足下を蹴り飛ばされて、地下室へと続く階段から突き落とされてしまった。
「白夜ぁーーーーッ!」
冰の狂気のような絶叫が地下室にこだました。
◇ ◇ ◇
「白夜ッ! 白夜ーーー!」
冰もまた、転げ落ちる如く階段を駆け下りると、床に転がっている氷川の元へと駆け寄った。頭上を見上げれば、逆光の中に男らの姿がシルエットとなってこちらを見下ろしている。二階分は優にありそうなあの高さから転げ落ちたのだ、無事ではいられまい。
冰は錯乱状態といった調子で、氷川の身体に縋り付き、狂ったように彼の名だけを叫び続けた。
「白夜! しっかりして! 白夜、白夜ーッ!」
ふと――、僅かな呻き声と共に氷川が目を開けたのに気が付いて、更なる絶叫でその名を叫んだ。
「白夜――! 平気か!? 白夜……!」
「……ッ、あ、ああ……っう……ッ」
とにかくは意識があることに安堵するも、同時に滝のような涙が冰の双眸からこぼれて落ちた。
「白夜……! ごめん……ごめん、俺のせいでこんな……」
「あ……ああ、平気……だ。それ……より……あいつら……を」
氷川に意識はあったが、階段から転げ落ちた全身打撲で、さすがに朦朧状態に変わりはなかった。普通よりも運動神経が良く、普段から鍛えているのもあって、この程度で済んだのだろうが、さすがに追手に反撃するのは無理そうである。
「くそ……! このまんまじゃ……」
そう、冰を連れて逃げるどころか、自分自身が足手まといだ。絶体絶命のような状況に輪を掛けるように、頭上から川西の下卑た皮肉笑いが轟いた。
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