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第251話
「ごめん――。本当にごめん……!」
ひたすらに繰り返す。そんな冰に紫月は言った。
「マジでもういんだって。それによ――氷川のヤツ、俺に頭を下げに来た」
「――え!?」
「桃陵の頭って言われてるあの氷川がよ。俺んトコまで来て、謝罪してった。土下座までして、すまなかった……って。だからもういんだ。あのことはすっかり忘れたし、とっくにカタがついたことだからよ」
「白夜が……? そんなこと、ひと言も……」
そうだ、聞いていない。氷川が紫月に謝罪しに行ったなど、今の今まで全く知らなかった。
「あいつなりのケジメだったんだろ。もう俺はあいつに対して何のわだかまりもねえし。だからアンタも……頭を上げてくれよ。な?」
紫月は冰の肩を抱きながらそう言って微笑んだ。
「一之宮君、ありがと……。ほんとに……」
「いいって。それよか――紫月でいい。”君”付けなんて慣れてねえし、何となくむず痒いってかさ」
「あ……うん。それじゃ、紫月……」
「ん――」
「俺も……冰、でいい。雪吹冰っていうんだ、俺。だから……」
「オッケ! じゃ、冰――な?」
紫月は若干照れ臭そうに笑い、冰もまた同じようにして頬を赤らめたのだった。と同時に、そんな会話が冰にも元気を取り戻していくかのようだった。
「それよかさ、あんたと氷川! いつの間にか知り合いになってっから――ちょっと驚いた!」
「あ、ああ。うん――そうだ……よな?」
「氷川と会ったのって、あの番格勝負ン時が最初だったんだろ?」
「え!? ああ、そう……だよ」
モジモジと頬を染めた冰に、紫月は”やはり”といったように彼の顔を覗き込んだ。
「あの……さ。もしかしてだけど――あんたと氷川って……」
「……ん。白夜のことは……とても大事だと思ってる」
うつむきながらも頬を真っ赤にして冰は言った。
「やっぱ、そっか!」
血相を変えて冰を追い掛けて行き、身を盾にしても守り抜こうとした氷川。氷川が犯した罪を我が事のようにして謝る冰。まるで夫婦さながら、互いが一心同体だとでもいうようだ。先程の現場での様子からしても、二人が強い絆で結ばれているのではないかと思ったのは間違っていなかったというわけだ。
それにしても、本当にいつの間に――と、驚かされることではあるが、よくよく思いおこせば、初対面の時から氷川がこの冰に興味を持っていたことは事実だ。きっとこの二人は、あの時から目に見えない縁で繋がっていたのかも知れないと思えて、紫月は何ともいえずやさしくあたたかな気持ちになっていくのが嬉しく思えていた。それというのも、紫月とて彼らと同じように、同性である鐘崎と愛し合っているという境遇にあるからだ。何だか他人事とは思えず、親近感が増すようだった。と同時に、氷川と冰が、そして自分と鐘崎も無論のこと、ずっと幸せでいられればいい――紫月は密かにそんなふうに思ったのだった。そして、冰の方も思い掛けず紫月と話せたことで、心の隅にあったわだかまりにひとつの区切りがついたような思いでいたのだった。
◇ ◇ ◇
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