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第252話
それから一週間ほど経った頃――、氷川の容態も無事に快復へと向かっていた。あの後、鐘崎の主治医の手当てを受けた氷川は、そのまましばらく鐘崎の家で過ごすことになったのだった。総合病院などに入院という形をとれば、事件が明るみに出てしまう。大人が未成年を拉致監禁して陵辱――などということが知れれば、昨今の風潮からして大事のニュースになり兼ねない。氷川にとっても、そして冰にとっては無論のこと、それが良いことばかりだとはいえない。そう思った鐘崎は、氷川を自分の家に”入院”させることにしたのだった。
氷川家の執事である真田にも事情を話して、冰も一緒に預かることにした。あんな衝撃的な事件の後だ、少しでも気持ちが落ち着くように、二人を離さないでやるのが一番いい――鐘崎はそう思ったのだった。
頃は梅雨明けも間近――そろそろ盛夏の足音が聞かれる季節だ。もうあと半月もすれば、高校最後の夏休みに突入である。氷川もすっかりと快復し、鐘崎邸から真田らの待つ自宅へと戻れるまでになっていた。
鐘崎が駆け付けたことによって事件の方も無事に解決へと向かった。冰の叔父は身勝手な裏取引で川西と繋がっていたことがバレて、雪吹グループから完全に縁を切られて失脚した。また、川西らには鐘崎によって沙汰が下されるハメとなった。いくら表沙汰にしないからといって、こんな卑怯なことを平気で犯す無法者を放っておけるわけもない。鐘崎には裏社会に生きる実父とマフィア頭領の養父がいる。川西程度の小者の処遇など、わけもないことだった。
こうして、氷川と冰をはじめ、帝斗らまでをも巻き込んで苦境を強いていた悪の根源は、ようやくと息の根を止められることになったのだった。
そんな或る日の午後のことだ。氷川と冰が執事の真田を伴って、鐘崎の自宅へと礼の挨拶に訪れていた。
自宅といっても、表向きの部屋の方である。例の――香港の街並みが立体映像になっているロビーのある――地下室のことは、紫月以外は知らないので、氷川が”入院”していたのもこの表向きの建物の方だった。
鐘崎の方には源次郎と、客人をもてなす給仕の者が一人。そして紫月も顔を見せていた。
「鐘崎、一之宮、それに皆さん――この度は本当に世話を掛けました。助けていただき、感謝します。ありがとうございました!」
氷川が真摯にそう述べると、冰も一緒になって、二人深々と頭を下げた。そんな様子に瞳を細めながら、鐘崎が穏やかな笑みを見せる。
「怪我の方もすっかりいいようだな」
「ああ。お陰様でこの通りだ。本当にすまないと思ってる」氷川は今一度丁寧に頭を下げた。
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