253 / 296

第253話

「お前らが来てくれなかったら……俺は冰を守れなかった。情けねえが――もしもあの時、お前が来なかったらどうなってたんだろうって……思うと、どうしょうもねえ気分になってな」  氷川は、怪我の方はすっかり良くなったものの、あの時のことを考えると震えが止まらなくなり、眠りも浅いんだと付け加えた。 「今まで散々イキがってきて、みっともねえけど……俺は自分の情けなさを思い知ったよ。喧嘩じゃ負けねえ、俺は強えんだって思ってきたけど、全然だ」  苦笑しながらも、深刻な様子で意気消沈し、肩を落とす。出された茶をすすりながら、氷川は哀しげに笑ったのだった。  そんな氷川を横目に、鐘崎が思いも寄らぬ提案を口にした。 「お前に足りねえもんがあるとしたら――それは基礎じゃねえのか?」 「え――?」  鐘崎の不思議な物言いに、氷川ばかりでなく、冰や紫月までもが首を傾げる。 「お前、確かに腕力はあるし、体格も立派だ。向こう気だって負けてねえ。高校生同士の小競り合いなら、抜きん出て強えってのは嘘じゃねえよ」 「鐘……崎?」 「けど、複数の大人――しかも相手がヤクザや玄人なら、さすがに我流じゃ太刀打ちできなかったってことなんだろう」 「あ、ああ。情けねえけど、その通りだ。あいつらと殴り合って分かったよ。あいつらは――本気で俺らを殺しちまってもいいっていうのか、限度がねえっていうのか……。とにかく今まで体験したことのない殺気みてえなのを感じた。何つーか、異質過ぎて……怖えってよりは焦っちまってな。思うように動けなかったし、決まるはずのパンチも蹴りも大して通用しなかった」  そんな屈強の男らを、この鐘崎は一瞬で気絶させてしまったわけだから、氷川にしてみれば驚愕である。やはり彼は桁違いに強い――というよりも、育ってきた境遇からして決してマネのできない凄い男なのだということを、嫌というほど思い知らされた気がしていた。しかも、彼は自分がかつて穢してしまった一之宮紫月の恋人である。  そんな彼が、まさか助けに来てくれるなど、それからして驚愕なくらいで、とにかく氷川には鐘崎の凄さや人としての器の大きさなど、全てに対して尊敬の念でいっぱいだったのである。 「俺も……あんたみてえに強くなりてえ……。ううん、あんたには到底届かねえってのは分かってっけど……せめて……てめえの大事なもんくれえは守れるようになりてえって……思うんだけど……な」  そう言って僅か切なげに微笑む氷川に、 「だったら身に着けてみたらどうだ? お前に足りねえ基礎ってやつを」  鐘崎は頼もしげに口角を上げながら微笑んだ。

ともだちにシェアしよう!