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第254話

「俺に足りない基礎……?」 「ああ、そうだ。幸い、とびきりの師範が身近にいるじゃねえか」  師範とは誰のことを言っているのだろう。 「もしかして……あんたか?」  この鐘崎が武術でも仕込んでくれるのだろうかと不思議顔で首を傾げた時だ。 「いや、俺じゃねえ」  鐘崎は笑いながら、ちらりと紫月の方を見やった。 「一之宮道場の師範、紫月の親父さんだ」  鐘崎の言葉に、氷川は無論のこと、紫月も滅法驚いたというふうに唖然としてしまった。 「紫月の家の道場で一から基礎を叩き込んでもらえばいい。お前は元々いい才覚を持ってんだ。今より確実に強くなれる」 「俺が……一之宮の道場に……?」  驚く氷川の横で、すかさずに冰が身を乗り出した。 「あの……! 俺も……一緒にお願いできませんか? 俺も……男です。強くなりたいし、守られてばかりじゃ情けないです。いざという時には大事な人を守れるようになりたい……!」 「冰……何言い出すんだ、お前まで……」  氷川は更に驚いたふうに瞳を見開いたが、鐘崎も紫月もそんな二人の様子を微笑ましげに見つめていた。 「ふぅん? なら、早速親父に頼んでみるか! つか、お前らに鍛えられちゃ、俺ももっと精進しなきゃなんねえな」  紫月は笑い、氷川も冰も気恥ずかしそうにしながらも意欲を見せる。 「鐘崎、一之宮、本当にありがとう。世話になります!」  氷川にしては珍しくも敬語で頭を下げる。少し前だったら、到底考えられないようなことである。あの春の日から、四人共に出会いと喧騒を繰り返し、そして乗り越えてきた今、誰の瞳にも笑みがあふれ、清々しい空気が皆を包んでいくかのようだった。 「俺ら二人、一生懸命励みます!」 「どうぞよろしくお願いします!」  こうして氷川と冰は、揃って紫月の父親の下で武術の指南を受けることになったのだった。 「決まりだな?」  ふっと口角を上げて鐘崎が皆の輪の中で手を差し出すと、その意図を汲んだ紫月が、やはり手を差し出して重ね――。それを見ていた氷川と冰もまた、次々と手を重ねていく。まるでこれから始まる新たなステージを前に、皆一丸となって船出をするような雰囲気に包まれていった。そんな彼ら若人たちを、側で見守る執事の真田や源次郎らも嬉しそうであった。  真夏間近の太陽煌めく熱い季節に――またひとつ、揺るぎない愛と友情の絆が生まれようとしていた。 ※第3ステージ(雪吹編)完結。次回から最終ステージ(一之宮編)です。

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