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第256話
鐘崎と氷川が縁側でそんな話をしている傍ら、台所の方からも賑やかしい会話が聞こえてきていた。
「湯が沸く間に梨剥いちまおう。冰、四個ぐらい出してくれ」
「うん。っていうかさ、紫月! いつもこうやってメシとか作ってんの? すげえな!」
「メシったって、麺茹でて薬味刻むだけだし」
「けど、果物剥いたりとか……次々手際いいってーかさ。俺なんか包丁もろくに持ったことねえよ」
「そりゃ、お前んちにはシェフがいるからだろ? 俺んちは親父と二人っきりだし、どっちかが作んなきゃなんねえからさ。つっても、俺が当番の時はワンパターンだけどな」
紫月はちゃっちゃと梨を剥きながら、そう言って笑った。
「けど、よく考えりゃ、お前も氷川も――それに遼も、皆金持ちの御曹司なんだよなー。今、気が付いた!」
ガラスの器に剥いた梨を体裁よく並べながら、紫月はまたも朗らかに笑う。そんな様子を横目に、冰が真剣な表情で流麗な仕草を見つめていた。
「なあ、俺にも教えてくれよ、料理。初心者にもできそうな簡単なのからでいいからさ。俺も作れるようになりてえ」
「はあ? お前にゃ必要ねっだろ? お前、このまま氷川ん家に住むことになったんだろ? あいつん家にもシェフがいんだろうが?」
「うん、そうだけどさ。でも、紫月の見てたら……俺も手作りのメシ作ってやりてえなって思っちゃってさ」
「ああー、それってもしか、氷川にか?」
「え!? え、いや……違うよ! や、違わねえけど……その、執事の真田さんとか、氷川家の皆さんには世話になってるし……! たまには感謝の気持ちを込めて……とかさ」
アタフタと頬を染めた冰に、紫月はププッと笑い声を堪えてしまった。
「ま、いいぜ! そういうことにしといちゃるわ! もうちょいで夏休みだし、いつでもうちに来いよ。最初は……そうだなぁ。やっぱカレーとかハンバーグからか?」
「ハンバーグ! 俺も白夜も大好きだけど……難しそうじゃね?」
「あー、初心者にはハードル高えかー。そうだ! いっちゃん簡単なのは焼きそばだ! あれならキャベツ切って、肉ぶっ込んで焼くだけだし!」
「焼きそばかぁ! 旨そうだね! それなら俺にもできるかも」
「んじゃ、先ずは焼きそばからな! 雪吹冰特製のらぶらぶ焼きそばかよー。ついでにソースでハートマークでも書いちゃう? てかー?」
「ハートマークって……! 紫月ってば、からかうなってのー!」
二人、キャッキャと楽しげだ。そんな様子に、氷川は照れを隠さんと片眉をしかめながらも頬を染めている。鐘崎は面白そうにクスクスと笑いを堪えていた。
「あいつら、すっかり意気投合しちまってるな。紫月のやつがあんなにはしゃいでるのは珍しい」
鐘崎が頼もしそうにそう言えば、
「あ、ああ……。何つーか、その……嫁同士が仲良くしてるー、みてえでさ。楽しそうでいいなってのもあるけど、ちっとその……気恥ずかしいっつか、妙な気分にもなるわな」
氷川からは思わず咽せてしまいそうな言葉が飛び出した。
「嫁――」
さすがの鐘崎もポカンとしながら氷川を見やり――二人は同時に噴き出すと、互いの肩を突き合って盛り上がったのだった。
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