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第10話

 皆の動揺を面白がるように紫月は飛び起きると、目にもくれない速さで倉庫二階の欄干へと駆け上り、余裕の笑みで素肌に学ランを羽織ってみせた。 「悪りィな氷川ー! 続きはまた今度ってコトで!」  わざわざ高い位置から見下ろすような形でニヤニヤと勝ち誇ったようにそう言い残すと、自分の仲間を引き連れて、 「ズラかんぞ!」  一気に階段を駆け下りたと思ったら、まるで障害物競走を楽しむように桃稜の連中らを掻き分けて、あっという間に倉庫を後にしてしまった。 ◇   ◇   ◇ 「あの野郎ーッ! ぜってー許さねーっ!」  学ランを叩きつけ眉間にビクビクと皺を寄せて激怒する氷川を横目にしながら、白帝生徒会長の帝斗は呆れ顔で伸びをしてみせた。 「何? 今日はこれで終いかい? そんじゃ俺らも引き上げるとするかな」  よっこらしょ、というように立ち上がって、大あくびまでするおまけ付きだ。  そんな様子を見送りながらますます怒りを煽られているのは、勝者だったはずの桃稜学園の一団だ。なぜか敗北者のように倉庫内に取り残されて茫然自失、あまりにも呆気にとられて怒る気も湧かないといった顔つきをしている者が殆どだ。  まるでギャグ漫画のような展開に、ともすればプッと噴出しそうな雰囲気までもが立ち込める。氷川を除いてその場の殆どがそんな面持ちでいた。  そんな一同を他所に、唯一人、思い切りバカにされた形で取り残された氷川にしてみれば、到底怒りなどというひと言では括れない程である。未だに激痛の残る身体を、時折地べたに突っ伏すようにして庇《かば》いながらも、白帝生徒会長の粟津帝斗が帰っていく後ろ姿がおぼろげに視界を過ぎる。ふと、彼の周囲を見渡せども、楼蘭学園から来た雪吹冰という男の姿も既に見当たらなかった。 「クソッ! どいつもこいつもヒトをおちょくりやがって! あいつらぜってー許さねー!」  この報復戦はいずれ必ずといった調子でメラメラと怒りをあらわにする氷川を横目に、桃稜の一団は互いをチラ見し合いながらコソコソと耳打ちなどを繰り返していた。 「なあ、俺らって勝ったの? 負けたの?」 「さあ……? つか、氷川さんめちゃくちゃ荒れてんなぁ」 「当然だろ? 思いっきしタマ蹴り上げられたんだから。マジでやべえんじゃね? あれじゃ近い内に果し合いに乗り出すの決まりだな」 「まあな、けどさっきのアレ、四天の一之宮さ。ちょっとソソられなかった? 俺、勃っちまいそうんなった」 「ぶぁかッ! 気色いこと抜かしてんじゃねえよ!」  怒りに燃える自らの背後で仲間内でこんな会話をしているのは、当然氷川には内緒である。  とにもかくにもハナから騒動の出だしは例年に漏れず、因縁関係にある三つの高校の新学期はこうして幕を開けたのだった。

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